2026年10月2日、ベトナムの首都ハノイで「農民の技術創造コンテスト」の表彰式が開かれました。ベトナム農民会が主催し、今回で11回目です。全国から寄せられた83件の中から24件が選ばれ、1位は小型で安価な蜂蜜のろ過機でした。
ベトナムには、自分の畑や作業場の困りごとから、機械をつくってしまう人たちがいます。現地では親しみを込めて「裸足の発明家」と呼ばれています。その一人、北部ハイフォン市のファム・ヴァン・ハットさんの歩みを軸に、市井の人々の工夫がどこまで広がり、何がまだ足りないのかをたどります。
「ロボット」と呼ばれる、電子部品のない機械
ハットさんの代表作は、野菜の種を一粒ずつ等間隔に置いていく種まき機です。現地の報道では「種を置くロボット」と呼ばれています。
けれども、この機械の持ち味は、名前の印象とは逆のところにあります。マイコンもリレーも使っていません。空気の力で針の先に種を吸いつけ、弁の開け閉めと振動で畝に落としていく、機械仕掛けの道具です。重さは約20キロ。1列に40粒を3〜4センチ間隔で置くことができ、ニンジンや葉物野菜の畑で使われています。
ハットさんの説明によれば、消費電力は400ワットです。同じ用途の輸入機はチップ6個とリレー8個、圧縮空気の装置を備え、6キロワットを必要とします。価格は輸入機が1億ドンを超えるのに対し、自作機は3,000万〜3,500万ドンで、3分の1ほどです。
機械づくりの基準は「単純、効果的、安い、丈夫」の4つだといいます。電子部品を減らしたのは、故障しにくく、誰でも扱えるようにするためだと、ベトナムの知的財産の専門誌は伝えています。
借金、イスラエルの農場、そして疑いの目
ハットさんは1972年生まれで、学校に通ったのは7年生までです。若いころ機械工場で働き、エンジンの修理や金属加工を身につけました。
2007年、資金を借りて約10ヘクタールの野菜農場を始めますが、2010年までに行き詰まり、数十億ドンの借金が残りました。返済のために選んだのが、イスラエルへの出稼ぎです。農場の労働者として働くなかで、肥料をまく機械を数日でつくり上げ、雇い主に認められました。月給は1,000ドルから2,500ドルに上がり、1万ドルの報奨金も受け取ったと報じられています。
2012年に帰国すると、野菜の種を一粒ずつ手で置いていく作業に目を向け、2年がかりで種まき機を完成させて2014年に売り出しました。本人によれば、40人分の手作業を1台でこなします。
最初から歓迎されたわけではありません。帰国後は、外国の機械をまねただけではないかと近所で噂され、実演を重ねて信用を得るまでに1年以上かかったと伝えられています。貧しさに追い詰められて、抜け出す道を探すしかなかった――ハットさんは当時をそう振り返っています。2015年には国から労働勲章(三等)を受けました。
ここで一つ、数字について断っておきます。種まき機の販売は、2017年の時点で国内約200台、輸出約50台と本人が語り、輸出先は14か国、のちに15か国と報じられてきました。発明の数も、報道によって30種あまりから60種以上まで幅があります。いずれも本人の説明にもとづく数字で、第三者が確かめたものは見当たりません。外国企業から技術の買い取りを持ちかけられて断った、という話も本人の談です。農家は機械1台を買うのにも苦労している、だから国内の人が手の届く値段で使えることを優先したい、というのがその理由だと語っています。
各地の畑と作業場で
ハットさんは特別な一人ではありません。ベトナム科学技術省によれば、2016年から2020年のあいだに、全国と地方のコンテストを通じて781件の創意工夫や発明が見いだされました。
ハノイ近郊のタ・ディン・フイさんは、2005年から改良を重ね、耕うん、農薬の散布、水のくみ上げなど15の作業をこなす農機をつくりました。中部ゲアン省のファン・コン・シーさんは、耕す、ならす、コンクリートを混ぜる、土を運ぶという4役の耕運機を6,000万ドンかけて開発し、数百人の農家が注文したと報じられています。中南部カインホア省では2026年、ニャットさんとトンさんの兄弟が、廃車の部品などを使ってトラクターに油圧のクレーンを取りつけ、1日400袋の米袋を積み込める機械を仕上げました。
メコンデルタのドンタップ省では、ポンプや耕うん機の修理から身を起こしたファン・タン・ベンさんが、自走式の藁(わら)巻き機をつくっています。外国製はトラクターに取りつけて引く方式で、ぬかるんだ田では藁が泥まみれになってしまう。それなら、ゴムの履帯で自分で走り、前で藁を拾って後ろにためる機械にすればいい、という発想でした。
共通しているのは、目の前の作業から出発していることです。大きな研究所や工場ではなく、畑のそばの作業場で、ありあわせの材料から形になっています。
権利を守る仕組みは、これから
こうした発明を、つくった人の権利として守る仕組みは、まだ追いついていません。
2012年、知的財産当局の担当者は、審査官が丁寧に手ほどきをしても、出願に必要な書類を仕上げられない発明者が多いと語っていました。口で説明できても、図面と技術文書に置き換えることが難しいのです。2015年の現地紙は、出願から登録までに38か月かかり、そのあいだに模倣品が出回る例を伝えています。ハットさんがつくった二枚刃の犂(すき)も、登録を待つあいだにまねられた一つでした。農民たちが挙げた最大の壁は、費用ではなく「待つこと」だったといいます。
統計にもそれは表れています。1981年から2021年までにベトナムで出願された特許は約9万1,000件で、このうちベトナムの出願人によるものは約1割でした。一方、要件がより軽い「有用な解決策」(実用新案に近い制度)では、ベトナムの出願人が外国の出願人を上回っています。暮らしに近い工夫ほど、国内の人々が自分の名前で届け出ているということです。
政府も動いています。農民の発明を表彰するコンテストは11回を数え、科学技術省の幹部が表彰に立ちます。2026年4月1日には改正知的財産法が施行され、特許の実体審査の期間は「18か月以内」から12か月へと短縮されました。「待つこと」という壁に、制度の側から手が入ったことになります。
ただし、書類を書けないという壁と、模倣をどう止めるかという課題は、審査の短縮だけでは解けません。改正が畑の発明家にどこまで届くのかは、これから確かめられていくことです。
日本の中古農機と、隙間を埋める発明
この話は、日本と無関係ではありません。ただ、最初に条件の違いを確かめておきます。日本は農業機械を自国でつくり、輸出もしている国です。ベトナムは、現地経済誌によれば、農業機械の需要の6〜7割を輸入に頼っています。
その輸入のなかに、日本の中古農機があります。アジア経済研究所の坂田正三氏の報告によれば、日本からは2019年までの約10年、ほぼ毎年2万台以上、多い年には3万台のトラクター(耕うん機を含む)がベトナムへ渡りました。多くはホーチミンの港に着き、南部ロンアン省の国道沿いに集められ、そこから買いつけた農村の販売店が修理と改造を手がけます。耕うん機のエンジンを小舟の船外機に載せ替えたり、コンバインを籾(もみ)の運搬車につくり替えたり。日本では年に動かす時間が短いため、数十年前の機械でも傷みが少なく、よく売れるのだそうです。日本の納屋で役目を終えた機械が、ベトナムの手仕事で次の仕事を得ています。
ただ、すべてが補い合う関係というわけではありません。メコンデルタでは、地元の作業場がつくったコンバインが、日本製の新品に押されました。2011年の時点で、この地域の1万台あまりのコンバインの6〜7割が外国製で、その中心が日本のメーカーの機械でした。値段は国産の約2倍。それでも農家は、丈夫さと修理の体制を理由に日本製を選んだと、当時の経済紙は伝えています。2024年の報道では、コンバインの約9割が輸入品です。
押された側は、輸入機の手が届かないところへ向かいました。ぬかるんだ田の藁を集める機械。ニンジンの種を置く機械。米袋を積み込むクレーン。大きなメーカーが量産するには小さすぎる作業に、畑を知る人の発明が入り込んでいます。日本のメーカーはベトナムに販売やサービスの拠点、調査の拠点を置いていますが、確認できた範囲では、各地の発明家と手を組んだ事例は見当たりませんでした。
日本の中古機、日本の新品、そして地元の発明。三つは同じ田畑で、あるところでは補い合い、あるところでは競い合っています。坂田氏は、中古機の再利用を資源の循環として評価しながら、使い終えた機械を適切に処分する仕組みが足りないことを課題に挙げています。私たちが手放した機械の行き先にも、まだ続きがあります。
祈りによせて
学歴や資格ではなく、目の前の不便を何とかしたいという気持ちから、道具は生まれてきました。借金を抱えて海を渡った人が、帰ってきて隣人のための機械をつくる。その工夫が、つくった人の名前とともに守られ、次の誰かの手がかりになっていきますように。ベトナムの畑と作業場で手を動かす人々の上に、実りと安らぎがありますように。
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ベトナムが平和でありますように
参考・引用元
- ベトナム科学技術省「Tôn vinh các nhà khoa học, nông dân tiên phong ứng dụng khoa học, công nghệ」(2026年10月2日・政府機関):mst.gov.vn
- VietNamNet「"Barefoot inventor" and global ambitions」(2026年5月24日・ベトナム通信社配信):vietnamnet.vn
- Dân Việt「Một nông dân sáng chế máy nông nghiệp, robot đặt hạt」(2026年5月9日・農民会系の現地紙):danviet.vn
- VnEconomy「Khởi nghiệp với robot gieo hạt xuất khẩu đi 14 nước」(2017年12月3日・現地経済誌):vneconomy.vn
- VietNamNet「Nông dân Việt chế robot」(2017年10月2日・現地紙):vietnamnet.vn
- Sở hữu trí tuệ「Robot gieo hạt tự động của nhà sáng chế Phạm Văn Hát có ưu điểm gì?」(2019年11月4日・知的財産の専門誌):sohuutritue.net.vn
- Sở hữu trí tuệ「Chân dung những nhà sáng chế nông dân」(知的財産の専門誌):sohuutritue.net.vn
- ベトナム科学技術省「Nhà sáng chế của nông dân」(2021年9月15日・政府機関):mst.gov.vn
- Vietnam.vn「The invention of a rice harvesting machine helps farmers save costs」(2026年6月28日・政府系ポータル):vietnam.vn
- Dân Việt「Kỹ sư cơ khí một đời say mê sáng tạo máy cuộn rơm」(2024年9月20日・農民会系の現地紙):danviet.vn
- ハイフォン市科学技術局「Bảo hộ "sáng chế" của nông dân còn bỏ ngỏ」(2012年10月11日・地方政府機関):dost.haiphong.gov.vn
- Tepbac「Nông dân nản vì bằng sáng chế bị "treo"」(2015年10月31日・Dân Việt紙の記事の転載):tepbac.com
- 科学技術情報統計センター(CESTI)「40 năm phát triển Sở hữu trí tuệ của Việt Nam」(2023年4月4日・公的統計):thongke.cesti.gov.vn
- LuatVietnam「Từ 01/4/2026, rút ngắn thời gian xử lý đối với các đơn đăng ký sở hữu trí tuệ」(2026年3月30日・法令情報サイト):luatvietnam.vn
- アジア経済研究所・坂田正三「第3回 旅する日本の中古農業機械《ベトナム改造農機傑作選》」(2019年12月):ide.go.jp
- アジア経済研究所・坂田正三「第5回 地球にやさしい?農業機械の改造《ベトナム改造農機傑作選》」(2020年2月):ide.go.jp
- The Saigon Times「Chuyện Hai Lúa miền Tây và chiếc máy gặt đập liên hợp」(2011年12月10日・現地経済紙):tuoitre.vn
- VnEconomy「Thị trường máy nông nghiệp: Tiềm năng lớn nhưng nhiều thách thức」(2024年1月29日・現地経済誌):vneconomy.vn