ヨルダンの首都アンマン。ある中流家庭の地下室に、手作りの蓄電システムがある。再生したテスラの電池モジュールを20個つないで、屋根の太陽光パネルにつなげたものだ。家じゅうの電気をほぼこれで賄い、停電のときも明かりが消えない。
組み上げたのは、この家の主人である。通信業界で働く中年の男性で、技術者の資格は持っていない。
「自分で設置しました。技術者としての正式な訓練は受けていないんですけどね。本当に趣味なんです」。積み上がったモジュールとインバーターを指しながら、その人は言う。「電気代は、以前のごくわずかな額まで下がりました」
中東のEV先進国が抱えた、次の問題
ヨルダンは、中東で電気自動車がもっとも普及した国のひとつになった。米国際貿易局のデータによれば、電気自動車は車両輸入総数の半分を超えている。2025年時点で、国内を走るEVはおよそ15万台。
背景には政策がある。運輸部門はこの国の温室効果ガス排出の4分の1以上を占めており、政府は2030年までに排出を31%削減し、電力の半分を再生可能エネルギーで賄うことを目標に掲げた(現在は29%)。EVへの減税措置が販売を後押しした。
そして、その先に予期せぬ問題が待っていた。使われ終わった電池を、どうするのか。
ドイツ・ヨルダン大学に置かれた研究拠点「C-Hub(使用済みEVバッテリー循環ハブ)」の推計では、2035年までに、電気自動車だけで約20万個の使用済み高電圧リチウム電池が国内に生じる。
ところが、人口およそ1,100万人のこの国には、使用済み電池を再生したりリサイクルしたりする公式の経路が、まだひとつも存在しない。
制度がないなら、動画で学ぶ
制度の空白は、そのままにはならなかった。
アンマンのアル・バヤデル工業地区に、シャディ・ジャミールという人の自動車修理工場がある。テスラの電池を専門に扱い、修理と整備をするだけでなく、再生したものを蓄電システム用に販売している。地下室のあの家主が買ったのも、こういう工場からだった。
「うちはテスラの電池だけを扱っています」。忙しく動く工場を見渡しながら、その人は言う。「電池の寿命を延ばして、モジュールとセルのあいだの接続不良みたいな問題を直すんです」
では、その技術をどこで習ったのか。国内に訓練課程はない。専門学校もなければ、認定制度もない。
答えは、こうだった。
「オンラインの動画から学びました。それと、一緒に仕事をしている他の国の人たちと話して」
顔も知らない誰かが、どこかの国で撮って公開した作業の記録。国境をまたいだ同業者との、たぶん英語でもアラビア語でもない何かを交えたやりとり。それが、アンマンの工業地区で技術になった。制度を経由せずに、知識が移動したのである。
まだ8割残っている
この仕事が成り立つのには、技術的な理由がある。
国際エネルギー機関によれば、「寿命が尽きた」と分類される電気自動車の電池は、もとの容量の最大8割をまだ保持している。車を走らせるには足りなくても、家の電気を蓄えるには十分だということだ。
C-Hubのファドワ・ダバブネ所長は言う。「使用済みの電池が太陽光システムや地域の電源設備につながれているのを、見たり聞いたりしてきました。半ば人里離れた場所にある、家族経営の農場や別荘などで」
電気代が下がる。電池の廃棄が減る。そして、この国が2030年に再エネ半分を目指すうえで、分散した蓄電は電力網を安定させる方向に働く。
アンマンにはExelXという会社もあり、日本の企業の技術を使って電池の劣化を防ぎ、セルのバランスを回復させて寿命を延ばしている。同社の最高技術責任者アリ・アルズユード氏によれば、過去3年で500個を超えるテスラの電池の寿命を延ばしてきた。「電池の交換は高くつきます。再生した電池なら、新品の2割の値段で済む。EVの持ち主にとっては、お金の面でも利点があるわけです」
今年、二度爆発した
ここまでを、うまい話として書き終えるわけにはいかない。
2025年、ヨルダンでは電池に関わる爆発が2件起きている。1件は修理工場で、もう1件は使用済み電池を運搬している最中に。幸い負傷者は出なかったが、この2件が環境省を動かし、迫りくる使用済み電池の問題に本腰を入れるきっかけになった。
ダバブネ所長の懸念は率直である。
「こうした設備は、この分野で正式に活動している専門家や事業者ではなく、フリーランスや趣味の人によって行われるのが普通です」「インフォーマルであるがゆえに、それがどれくらい広がっているのか、安全なのかについて、見通しがほとんど効きません」
高電圧のリチウムイオン電池を分解する作業は、本来なら訓練と装備と手順を要する。動画で学べる部分と、学べない部分がある。
そして、再生されずに捨てられる分にも問題がある。環境省有害廃棄物課のマフムード・ズブーン課長によれば、使用済み電池はいま主に中国とドイツへ輸出されるか、国内にひとつしかない有害廃棄物処分場に無期限で置かれている。だが実際には、多くが通常の埋立地に行き着いている。重金属が土壌と地下水に漏れ出す危険がある。
観察する側と、手を動かす側
ここで、C-Hubという組織の位置を書いておきたい。
C-Hubは2024年、ドイツ・ヨルダン大学に設置された。この大学自体、2005年にヨルダンとドイツ両政府の合意にもとづいて創設されたもので、学生は全員1年間ドイツで学び、働く。C-Hubの発足式には環境大臣が立ち会い、国内の環境・エネルギー事業者団体EDAMAが創設メンバーとして加わった。運営にはドイツ国際協力公社(GIZ)の事業が協力している。
つまりC-Hubは、修理をしている当事者の組織ではない。調べ、数え、制度を設計しようとしている側である。2025年11月には、電池の追跡と履歴管理に関する政策文書をまとめた。所長自身が、ヨルダンを事例とした使用済み電池政策の論文を学術誌に発表してもいる。
ここが、この話のいちばん面白いところかもしれない。制度をつくろうとしている側は、インフォーマルな修理工場を排除しようとしていない。
「インフォーマルな修理工場を公式の制度の中に取り込むことは、非常に有益でしょう」とダバブネ所長は言う。「とくに、安全と品質を確保するという点で」
現場のアルズユード氏も、同じ方向を向いている。訓練課程と回収拠点が急務だ、と。安全な保管を確保し、危険な廃棄を防ぐために。
手を動かす側も、観察する側も、「制度がないほうがいい」とは誰も言っていない。ただ、制度ができるのを待っているあいだにも電池は積み上がっていくから、先に手が動いた。それだけのことだ。
もっとも、制度化の道も平坦ではない。民間が回収拠点への投資を試みてはいるが、初期投資の重さと、電池の規格が統一されていないことが壁になっている——ズブーン課長はそう説明している。
祈りによせて
誰かが動画を撮って、公開した。どこの誰が見るとも知れないまま。それがアンマンの工業地区に届いて、資格も認定も持たない人の手のなかで技術になり、地下室の明かりを停電の夜にも灯している。知識というのは、たぶんこういうふうに移動するのだと思います。制度の許可を待たずに、必要としている人のところへ、勝手に。
それは称えるべきことですが、同時に、二度の爆発が起きたことも本当です。誰も怪我をしなかったのは、幸運だったからかもしれません。手が先に動いたことと、その手を守る仕組みが要ることは、少しも矛盾しません。いま、その両方を望んでいる人たちがこの国にいます。捨てられるはずだったものにもう一度役目を与えようとする営みが、誰かを危険にさらすことなく続いていきますように。ヨルダンで暮らす人々の日々に、穏やかな灯りがともり続けますように。
ヨルダンの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。
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ヨルダンが平和でありますように
参考・引用元
- Climate Home News「Self-taught mechanics give second life to Jordan's glut of spent EV batteries」(2025年11月3日):climatechangenews.com
- EDAMA「Jordan launches its first-of-its-kind Circularity Hub (C-Hub) for Spent EV Batteries at German Jordanian University」:edama.jo
- EDAMA/C-Hub/GIZ 政策文書「Tracking and Traceability of EV Batteries in Jordan」(2025年11月):edama.jo
- Dababneh, F. ほか「Policies and actions for electric vehicle battery waste processing using an integrated QFD approach: A case study for Jordan」Heliyon (2025年1月):ncbi.nlm.nih.gov
- ドイツ・ヨルダン大学「GJU Signs Collaboration Agreement with Power I.D. GmbH to Advance Battery Circularity and Energy Storage」(2026年2月):gju.edu.jo
- 米国際貿易局「Jordan Automotive EV Market Trends and Policy Shifts」:trade.gov
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