ベナン南西部、モノ川がギニア湾に注ぐ河口。ブーシュ・デュ・ロワ——「王の口」と呼ばれるこの一帯に、国内のマングローブのおよそ3分の1が広がっている。アフリカマナティーが泳ぎ、コツメカワウソが岸を歩き、オサガメが砂浜に上がってくる。
その森が、切られずに残っている場所がある。守っているのは、法律ではない。
30年間、条文は森を守れなかった
ベナンのマングローブは、急速に失われてきた。2025年に公表された研究によれば、1995年から2015年までの20年間で、国内の被覆は29%減少した。伐採、製塩、集約的な農業、そして都市の拡大が原因である。
マングローブは、陸上の森林の最大4倍の炭素を蓄えるとされる。魚の産卵場所であり、高潮を和らげる堤でもある。失えば、暮らしの複数の層が同時に痩せていく。
手を打たなかったわけではない。法律も条約もあった。ブーシュ・デュ・ロワでは2016年、グラン・ポポとコメの両自治体がそれぞれ条例を出し、9,678ヘクタールを「生物多様性共同保全地域」に指定している。
それでも足りなかった。この地域で活動するベルギーの水関連団体ジョイン・フォー・ウォーターは、こう率直に書いている。自然資源の保護のために法的な条文に頼ることは、30年以上にわたって適用されてきたにもかかわらず、ほとんど効果を上げてこなかった、と。
理由は難しくない。禁止を書いた紙はあっても、見回る人と、その人に払う金がなかった。誰も見ていない場所で、木は切られ続けた。
ザングベトという「夜の番人」
この地域には、別の仕組みが昔からある。
ヴドゥンは、西アフリカで少なくとも紀元前4世紀から存在するとされる信仰の体系である。人間と自然と精霊のつながりを基礎に置き、環境を守るための具体的な行いを定めている。世界で6,000万人以上が実践しており、ベナンはその発祥の地とされる。
その中に、ザングベトという神格がいる。「夜の番人」とも呼ばれる。ザングベトが置かれた場所では、木を伐ることが禁じられる。破れば災いが及ぶとされている。
2015年、地元のNGOエコ・ベナンが、地域の共同体とザングベト崇拝の高位者たちに相談を持ちかけた。壊れやすい湿地を、この仕組みの下に置けないか、と。
「サクラリザシオン」——聖別、と訳される。手順は7段階に整理されている。
まずザングベトとアヴレケテの高位者・祭祀長と協議する。次に、ファと呼ばれる神託を伺い、儀式にふさわしい日を定める。ファの司祭は、伝統的な祭祀の言語を用いて、精霊との仲立ちをする人である。それから降臨のための準備を整え、神格そのものが共同体に周知し、守るべき場所を確認し、境界を目に見える形で示し、そのあとは信徒たちが見守る。
10年で、9か所、500ヘクタール
10年が経った。
ブーシュ・デュ・ロワの保全地域で聖別されたのは9か所、合わせて500ヘクタールのマングローブがザングベトの庇護下に置かれた。そしてエコ・ベナンの報告によれば、これらの場所では違反が一件も報告されていない。
現地の言葉が、この事態を的確に言い表している。
「ここでは、ザングベトが私たちの憲兵であり、共和国の警察なのです」
法律との違いは、どこにあるのか。
法律は、違反を見つけて罰する仕組みである。だから見回る人が要る。予算が要る。人がいない夜には機能しない。対してザングベトの禁止は、共同体の一人ひとりの内側にある。見張る者がいなくても働く。そして重要なことに、この禁止は誰か特定の人間が決めたものではない。村長のものでも、自治体のものでも、国家のものでもない。だから誰かの都合で解除することもできない。
「マングローブには魂がある」
イジドール・ジヌという人がいる。57歳。広告の仕事をしている、漁師の息子である。14年前にヴドゥンに入信した。
その人は、環境報道メディアのモンガベイにこう語った。
「私たちの資源も、富も、すべて水から来ています」
「マングローブと私たち人間のあいだには、ある種の交わりがあります。だからそれには、魂があるのです」
魂があるものは、材木ではない。値段をつけて売り買いする対象から、外れる。切ってはいけない理由が、経済的な損得の外側に置かれる。
国連の気候会議やIPCCの報告書も、近年になって、先住の知識と伝統的な統治の仕組みが生物多様性の保護と気候変動への適応に果たす役割を、正面から認めるようになっている。
これは「昔から続いてきた話」ではない
ここで、正確に書いておかなければならないことがある。
この聖別は、古来の伝統がそのまま残っていたものではない。2015年にNGOが持ち込んだ新しい手法である。エコ・ベナン自身が「革新的な実践」と書いている。500ヘクタールのうち相当部分は、同団体が植えた木でもある。資金はベルギーをはじめとする欧州から入っている。手順が7段階に整理されたのも、2024年の会合で6か月ごとに神格の表象を更新する決まりが加えられたのも、意識的な設計の結果である。
そう書くと、外から来た仕掛けのように見えるかもしれない。
しかし、ここがいちばん大事なところだと思う。NGOが設計したからといって、住民が納得しなければ、それは法律とまったく同じ運命をたどる。
紙に書かれた禁止が30年間守られなかったのは、条文が悪かったからではない。誰も自分のこととして引き受けなかったからである。同じように、儀式を執り行っても、高位者たちが応じなければ始まらない。共同体がその権威を認めなければ、境界の印はただの棒切れになる。ザングベトが「憲兵」として働いているのは、そこに住む人々がそう受け止めているからであって、NGOがそう決めたからではない。
提案した側にできたのは、選択肢を差し出すことまでだった。受け入れるかどうかを決めたのは、この土地の人たちである。
実際、聖別の手続きの第一段階は、協議である。祭祀の高位者に相談し、ファに日を伺い、共同体に周知する。どの段階にも、断る余地がある。断られていれば、この500ヘクタールは存在しなかった。
まだ、全体ではない
成果を大きく見積もらないでおきたい。
500ヘクタールは、ベナンのマングローブ全体から見れば一部である。20年で29%が失われたという趨勢が止まったわけではない。「違反ゼロ」という数字も、実施団体であるエコ・ベナンの報告にもとづくもので、第三者が検証した記録は確認できなかった。6か月ごとに表象を更新するという新しい決まりは、裏を返せば、放っておけば効き目が薄れうるということでもある。
それでも、9か所の森は立っている。エコ・ベナンとジョイン・フォー・ウォーターは2024年から2025年にかけて科学的な追跡調査を行い、2026年4月にはその結果を持ち寄る会合を開いた。集まったのは29人。地元の保全協会、南北の管理委員会、グラン・ポポ市の代表、水利森林局の職員、そして聖別に立ち会ったザングベトの高位者たち。同じ机を囲んでいる。
祈りによせて
何かを守るとき、私たちはたいてい規則をつくります。禁止を書いて、罰を定めて、見張りを置く。それで足りなければ、罰を重くする。けれどブーシュ・デュ・ロワでは、30年ぶんの条文よりも、「ここには魂がある」という一つの了解のほうが、木を立たせ続けました。
その了解は、誰かが押しつけたものではありません。提案した人がいて、応じた祭祀の担い手がいて、受け入れた村の人たちがいた。どの段階でも、断ることができた。断らなかったから、森が残っている。決めたのは、そこに住んでいる人たちです。
売り買いの外側に置かれるものが、どの土地にも少しはあってほしいと思います。値のつかない場所、手をつけないと決めた区域、数えない時間。ベナンの河口に立つマングローブと、そこで魚を獲り、水から暮らしを得ている人々の上に、静かな日々が続きますように。
ベナンの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。
🕊️ ベナンのために祈る — 祈りのワールドツアー
ベナンが平和でありますように
参考・引用元
- Mongabay「How a spiritual practice is preserving Benin's mangroves」(2026年7月):news.mongabay.com
- Mongabay 動画「Vodun's sacred role in saving West Africa's mangroves」(ジャエナ・ルイザン、2026年5月9日):news.mongabay.com
- Join For Water「Protection des mangroves par la sacralisation」(2025年1月):joinforwater.ngo
- Eco-Bénin「Sacralisation des mangroves : Dix ans de succès pour la conservation durable et traditionnelle dans la Bouche du Roy」(2024年8月):ecobenin.org
- Eco-Bénin「Bouche du Roy : La restauration durable des mangroves renforcée par la capitalisation du suivi scientifique」(2026年5月):ecobenin.org
- Climate Chance「Sacralising the mangrove to preserve them in the Bouche du Roy」:climate-chance.org
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