土地をめぐる話は、たいてい「持っているか、いないか」で語られます。けれど、世界各地の現場を訪ねて集めた記事を並べてみると、もうひとつの軸が浮かび上がってきました。持っていても、決められないことがある。そして、決められるようになった土地では、何かが動きはじめる。
スコットランドの島では、住み続ける権利は140年前に守られていました。それでも「どこに家を建ててよいか」は、島の外に住む地主が決めていた。モンゴルの草原は誰のものでもなかったがゆえに、誰も休ませることができなかった。パプアニューギニアの人々は森を売らないと決めたあと、自分たちで森を測りはじめました。情報を持たなければ、交渉の席で決められないからです。
このページは、「祈りのワールドツアー」が各地で見てきた、土地と、それを決める権利をめぐる物語を集めたものです。所有の話であると同時に、誰が意思決定の場に座っているのかという話でもあります。
守られていても、決められない
法が人を守ることと、人が自分で決められることは、別のことでした。
スコットランド・ハリス島 ― 14年かけて、決める権利を取り戻す
アウター・ヘブリディーズ諸島、ハリス島の南部。住民2,050人が暮らすこの土地は、100年にわたって一家の所有でした。1886年の法律で、人々は住み続ける権利を得ています。1976年には、足元のクロフト(小規模な借地)を買う権利も得ました。それでも、共有の放牧地も、前浜も、そして「どこに家を建ててよいか」を決める権利も、地主の側に残り続けた。守られてはいるが、決められない。その状態が140年続きました。2012年に話し合いが始まり、2022年の住民投票で63%が賛成、2026年8月にスコットランド政府の土地基金から108万ポンドの交付が決まります。買い取っても地代は下がりません。変わるのは、エステートの収入がどこへ行くかと、その使い道を誰が決めるかだけです。
高知・四万川 ― 配当の出ない株券を、174人が買った
高知県檮原町の四万川地区。2011年、住民174人が出資して会社をつくりました。株券はありますが、配当は出ません。出資した人が受け取るのは、金銭ではなく、地区の店やガソリンスタンドが存続するという事実のほうです。人口が減り、商店が閉じ、燃料を買う場所がなくなる。そこで住民自身が事業主体になった。ハリス島が14年かけたのと同じように、この会社も15年を重ねています。利益の分配を目的としない共同所有という形が、遠く離れた二つの土地で、それぞれの事情から選ばれていました。
決められる形を、つくりなおす
決定権は、あるかないかではなく、どういう形で置かれているかが効いていました。
モンゴル ― 草原を「休ませる」と決められるかどうか
社会主義体制の終わりとともに、モンゴルの牧草地は法的な管理者を失いました。誰のものでもない土地は、誰も休ませられない。放牧が集中し、草原は痩せていきます。転機になったのは、牧民の組織に対して一定区画の利用権を認める仕組みでした。「ここは自分たちが責任を持つ場所だ」と言えるようになって初めて、一年のうち一定期間その土地を使わないという判断ができるようになった。土地を回復させたのは新しい技術ではなく、決定権の所在がはっきりしたことでした。
パプアニューギニア ― 森を売らないと決めて、自分たちで測りはじめた
マナガラス高原。ここでは土地の97%が慣習的に住民のものとされています。伐採会社が来たとき、人々は売らないと決めました。2017年、36万ヘクタールが保全地域として正式に認められます。けれど話はそこで終わりませんでした。自分たちの森に何があるのかを、自分たちで把握していなければ、交渉の席で不利になる。住民は森を測りはじめます。「情報はお金だ」という言葉が、この物語の核心にあります。権利を持つことと、それを行使できることは、別の話でした。
誰が、その場に座っているのか
仕組みを誰が設計したかより、誰がそれを受け入れ、誰が判断の場にいるかが結果を分けます。
カナダ ― 「共同管理」という言葉の中身を決める
太平洋岸の海洋保護区で、先住民ネーションと連邦・州政府が管理を分け合う枠組みが動いています。注目すべきは、この仕組みが「政府が決めて先住民に説明する」形でも「先住民に任せる」形でもないことです。どちらか一方が決めるのではなく、合意がなければ進まない設計になっている。サーモンをどれだけ獲るか、どの海域をいつ閉じるか。その判断の場に、誰が座っているのか。共同管理という言葉は、中身を定義しなければ何も意味しません。
ベナン ― 法律が30年できなかったことを、信仰が10年でやった
ベナン南部のマングローブ林は、薪や塩づくりのために失われ続けてきました。法律は30年以上前からありましたが、機能していません。2015年、あるNGOが持ち込んだのは、伐採禁止を法ではなく、在来の信仰であるヴドゥンの聖別によって定めるという方法でした。聖別された森に入る者は、共同体の秩序を破ることになる。夜の見回りは住民自身が担います。外から持ち込まれた仕組みであっても、住民が受け入れれば機能する。逆に、受け入れられなければ、どんな法律も紙のままです。
並べてみて、見えてきたこと
六つの土地に共通していたのは、成功の手法ではありませんでした。むしろ、どれも時間がかかっています。ハリス島は14年、四万川は15年、パプアニューギニアの保全地域が認められるまでには30年以上。ベナンでは、法律が30年機能しなかったあとに別の方法が見つかりました。
そして、どの物語も終わっていません。ハリス島では住民投票で37%が反対しました。買い取ったあとに理事会と住民の関係が悪化した島の例もあります。モンゴルでは気候変動が草原を痛め続けている。決める権利を得ることは、問題が解決することとは違います。それは、次に起きることを自分たちで選べる、というだけのことです。
けれど、その「だけ」が決定的なのだと思います。外から与えられた解決は、条件が変われば崩れます。自分たちで決めた共同体は、条件が変わったときにもう一度決め直すことができる。土地をめぐる物語が長い時間をかけるのは、たぶんそのためです。
祈りによせて
自分の住む場所について、自分たちで決められる。言葉にすれば当たり前のことが、世界の多くの場所ではまだ当たり前ではありません。そしてそれを取り戻すのに、14年、30年という歳月がかかっています。
ここに集めたのは、その歳月を引き受けた人たちの記録です。公民館での説明会。何度も書き直された計画書。うまくいくか分からないまま続いた話し合い。派手なことは何も起きていません。それでも、その積み重ねの先で、土地の使い方を決める場所が少しずつ移っていきました。
決めることを引き受けようとする人がいる場所に、次に起きることを選べる余地が生まれます。その余地が、世界のどの土地にも、少しずつ広がっていきますように。
あわせて読みたい
決める権利は、土地だけの話ではありません。海や、電気や、地図のかたちをとることもあります。
- クック諸島、海に「触れない時間」を贈る伝統のしくみ:ラウイが育てる豊かな海
- スペイン・ポルトガル国境、電気を「みんなで作るもの」に:市民がつくる電力の物語
- サモア、Googleマップが来ない国で自分たちの地図を描く:スカイアイの物語
- 世界の平和構築と和解の物語(まとめ):民族・宗教・世代を越えて