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ブラジル・デング熱の単回接種ワクチンとボルバキア蚊 ― 一つの技術では足りない、という前提から

2024年、ブラジルではデング熱の感染が疑われる症例が約660万件に達しました。1990年に統計を取り始めて以来、最悪の年でした。

その2年後の2026年、この国では性質のまったく違う二つの新しい技術が、同じ病気に対して同時に動き出しています。ひとつは人の側を変える技術。もうひとつは蚊の側を変える技術です。

1回で済むワクチン

2025年11月26日、ブラジルの規制当局ANVISA(国家衛生監視庁)が、ブタンタン研究所の開発したデング熱ワクチン「Butantan-DV」を12〜59歳向けに承認しました。12月8日には官報に登録が掲載され、規制手続きが完了しています。

このワクチンの新しさは、世界で初めて1回の接種で済むことにあります。デングウイルスには4つの型があり、そのすべてに対応する必要がある。従来のワクチンは複数回の接種を前提としてきました。接種のたびに人が来なければならないという条件は、医療から遠い場所ほど重くのしかかります。弱毒化した生きたウイルスを使う方式で、麻しん風しん混合ワクチンや黄熱ワクチンと同じ系統の技術です。

第3相試験は2016年から2019年にかけて、2歳から59歳までの16,235人を対象に行われました。5年間の追跡は2024年に完了しています。

数字の読み方

ここで、数字の扱いに少し時間を割きます。報道で目にする有効率がいくつもあり、しかもそれぞれ意味が違うからです。

承認時にANVISAが示したのは、12〜59歳で症候性デングに対して74.7%という数字でした。一方、2026年3月にNature Medicine誌で公表された5年追跡の結果は、2〜59歳の全体で65.0%です。低いほうが「悪い結果」なのではありません。対象年齢が違い、追跡期間も違う。同じ物差しではないのです。

より重要なのは、重い症状に対する数字です。5年後の時点で、重症デングと警告徴候を伴うデングに対する有効率は80.5%。試験期間中の入院8件は、いずれもワクチンを接種していない群で起きました。

効果には差もあります。過去にデングにかかったことのある人では77.1%、一度もかかったことのない人では58.9%。ウイルスの型別では、1型に対して73.0%、2型に対して55.7%。そして3型と4型は、試験期間中にほとんど流行しなかったため、有効性を統計的に測れませんでした。研究チームはこれを論文の限界として明記しています。防御の目安となる免疫指標がまだ確立していないことも、あわせて記されています。

ブタンタン研究所の所長で論文の筆頭著者でもある研究者は、5年の追跡で最も難しかったのは新型コロナの流行期と重なったことだったと語ったと報じられています。長期の研究では参加者が途中で離脱していく。人々が家から出なくなった時期に追跡を維持するのは大きな挑戦だった、という趣旨です。安全性については、副反応の発生率が偽薬を受けた群と同程度で、重い有害事象はなかったとしています。

蚊を、殺さずに入れ替える

もうひとつの技術は、まったく別の考え方に立っています。

ボルバキアは、自然界の昆虫のおよそ6割が体内に持っている細菌です。ただしデング熱を媒介するネッタイシマカは持っていない。研究者たちは実験室でこの細菌をネッタイシマカに導入しました。細菌が細胞の中にいると、デング・ジカ・チクングニアのウイルスがうまく増殖できなくなります。

目指すのは駆除ではなく置き換えです。細菌を持つ蚊を放つと、野生の蚊と交配し、次の世代が細菌を受け継ぐ。時間をかけて、その土地の蚊の集団そのものが病気を運びにくいものへ入れ替わっていきます。見た目は変わらないので、どの蚊が細菌を持っているかは肉眼では分かりません。

なぜ、この蚊なのか

この手法が有望とされる理由は、大きく三つあります。

ひとつ目は、ウイルスが増えにくくなること。細胞を使った実験では、ボルバキアがいてもウイルスが細胞に取りつき、内部へ入る段階は変わりません。変わるのはその後です。ウイルスのRNAが増えず、逆に細胞質の中で急速に分解されていく。感染から5日後に培養液へ出てきたウイルスの量は、ボルバキアのいない細胞の10万分の1ほどでした。研究チームは、宿主の細胞が持つ分解酵素XRN1の働きが鍵になっていると報告しています。

ただし正直に言えば、「なぜ効くのか」はまだ完全には解明されていません。細菌が蚊の免疫の下地を上げているという説、脂質やアミノ酸、細胞内の空間をめぐって細菌とウイルスが競合しているという説、小さなRNAが関わるという説。いくつもの仮説が並んでいて、どれか一つでは説明しきれていない。分かっているのは、効果の強さが細菌の密度と相関すること、そしてデング熱の4つの型すべてで、また黄熱やジカ熱のウイルスでも同じように増殖が抑えられることです。

そして、もう一つ大事な限定があります。ウイルスの増殖は「抑えられる」のであって、完全に止まるわけではありません。患者の血を直接吸わせた実験では、細菌を持つ蚊でもウイルスが体内に広がり、唾液から検出されました。唾液に達するまでの時間は長くなるものの、患者の血中のウイルス量が多いほど、唾液からウイルスが見つかる蚊の割合は増えたと報告されています。

二つ目は、放し続けなくてよいこと。ここに、この細菌の面白い性質が関わります。ボルバキアは母から子へ、卵を通じて受け継がれます。そのうえ、細菌を持つオスと持たないメスが交配すると、卵が孵りません。一方、細菌を持つメスは相手が誰でも子を残せる。この非対称のために、細菌を持つ系統は集団の中でじわじわ有利になっていきます。一定の割合(おおむね4割前後)を超えると、あとは自力で広がる。ニテロイでも、細菌の割合が4割を下回った区域にだけ追加の放出が行われました。

定着してしまえば、放出をやめられます。毎年の散布が要る殺虫剤とも、放し続けなければ効果が消える不妊虫の手法とも、そこが違います。2011年にオーストラリアのケアンズ近郊2地区で世界初の放出が行われ、10年後を追った研究(PLOS Pathogens、2022年)は、細菌の密度が安定していること、放出から8年以上を経ても細菌を持つオスと持たないメスの卵が一つも孵らない——つまり不和合の力が完全に保たれていること、放出前(2010年)と2020年の細菌のゲノムにほとんど違いがないことを報告しました。

ただし、この研究チーム自身が但し書きを添えています。ケアンズのようにうまく定着し高い頻度を保った地域ばかりではない、と。高温が定着を妨げうること、放出する蚊の遺伝的な背景が結果を左右しうることも、限界として挙げられています。

三つ目は、遺伝子を組み換えていないこと。ボルバキア自体は自然界の昆虫の多くが持つ細菌で、実験室で行われたのは、ショウジョウバエ由来の系統をネッタイシマカに移すことでした。ブラジルでは衛生当局、農牧省、環境機関の三つの承認を経て放出が行われています。

細かい話に見えるかもしれませんが、現場では重要です。ニテロイで放出された系統は、地域の野生の蚊が持つ殺虫剤への抵抗性の遺伝子型を、あえて維持したまま育てられていました。抵抗性のない蚊を放しても、殺虫剤の使われる街では生き残れず、置き換えが進まないからです。実際、ブラジルのトゥビアカンガでの放出がうまくいかなかった背景には、放出した系統から殺虫剤に弱い遺伝子が持ち込まれたことがあったと指摘されています。

効果の根拠として最もよく引かれるのが、リオデジャネイロ州ニテロイの事例です。2017年から2019年にかけて、住宅地に暮らす約37万3,000人を含む区域で、車から成虫の蚊を毎週放ちました。査読論文(PLOS Neglected Tropical Diseases、2021年)は、あらかじめ設定した対照区域と比べてデング熱の発生が69.4%減少したと報告しています(95%信頼区間54.4〜79.4%)。チクングニアは56.3%、ジカ熱は37%の減少でした。区域ごとの効果には46.0%から75.9%までの幅があります。

この論文で見落とせないのが、放出の前に行われたことです。研究チームは地域の代表からなる委員会を作り、通行人3,485人への意識調査を行いました。手法を説明したうえでの受け入れ度は、地区によって65%から92%。委員会が了承して初めて、蚊の放出が始まっています。誰が設計したかより、誰が受け入れたか。この順序は記録として残されています。

ボトルネックは「量産」だった

ボルバキアの手法自体は、ブラジルで10年以上使われてきました。ではなぜ2026年が節目なのか。都市規模で展開するには、蚊が足りなかったからです。

2025年7月、パラナ州クリチバに、ボルバキアを持つネッタイシマカを育てる世界最大の生物工場が稼働しました。週に1億個の卵を生産できる規模です。ウイルスを止める細菌でも、ワクチンでもない。「必要な数の蚊を、必要な時期に、必要な場所へ届けるための生産技術」そのものが、ここでは新しい技術になっています。

2026年7月29日、そのクリチバ自身が市内のシティオ・セルカード地区で放出を始めました。週1回、26週間にわたって続けます。地域の蚊の大半が細菌を持つようになるまでに、それだけの時間がかかるという見積もりです。

どちらも、単独では足りない

興味深いのは、この26週間について実施側が住民に伝えている内容です。これまでどおりの対策を続けてください——水たまりをなくし、虫よけを使い、必要なら蚊を叩く。どの蚊が細菌を持っているかは見分けられないのだから、と。

ワクチンの側も同じです。3型と4型への有効性はまだ測れていない。承認された対象は12〜59歳で、それより幼い子どもと60歳以上は対象外です(60歳以上については、約700人規模の追加試験が2026年に始まっています)。

実際、ブラジル保健省が並行して進めているのは、この二つだけではありません。蚊の発生を監視する産卵トラップは約1,600の自治体に置かれ、年内に2,000自治体まで広げる計画です。放射線を当てて不妊にした虫を放つ手法も使われ、ボルバキアの展開は72の優先自治体へ拡大するとされています。ワクチンも、2024年から日本の企業が開発した別のワクチンが10〜14歳向けに使われており、そちらはすでに1,400万回分が接種されています。

ひとつの技術が社会を変えるのではない。複数の技術と、それを配る仕組みと、住民の日々の行動が噛み合って、はじめて数字が動く。ブラジルの施策は、その構造をそのまま体現しています。

2026年の「75%減」をどう読むか

ここで、慎重に扱うべき数字があります。

2026年1月1日から4月11日までに報告された感染疑い例は22万7,500件。前年同期の91万6,400件から75%の減少です。2024年の660万件、2025年の170万件と、減少はすでに2年続いています。

これを新しいワクチンの成果と読むことはできません。減少はワクチンが配られる前から始まっています。2026年に接種されたのは、まず全国のプライマリケア従事者約120万人。一般向けはボツカトゥ、ノヴァ・リマ、マランゲアペという3つの自治体での先行実施にとどまり、そこで伝播への影響を評価している段階です。4月時点で接種は30万回分あまりでした。

クリチバも同様です。この街は2026年1月から7月20日までに前年同期比94%の減少を記録していますが、ボルバキア蚊の放出が始まったのはその後の7月29日でした。時系列が逆です。減少の背景には、監視の強化、複数の手法の併用、そしてウイルスの型ごとの流行の波という自然な変動があります。

残っている課題

ボルバキアの側の限界は、はっきりしています。暑さに弱いのです。実験では、26度から37度のあいだで変動する条件で蚊が育つと、細菌の密度が最大で100分の1にまで下がることが示されています。密度が下がれば、ウイルスを抑える力も、母から子へ伝わる確実さも、卵を孵らなくする力も弱まる。日中に39度まで達した容器で育った蚊では、オスが不和合を起こす性質を部分的に失うことも確認されています。定着も一様には進みません。ニテロイでは地区によって33%から90%までばらつき、研究チームは、気温の影響を受けやすい非正規住宅地では特に注意が要ると書いています。研究の設計自体も無作為化されたものではなく、比較の限界があることが明記されています。

さらに、この手法が対象とするのはネッタイシマカだけです。デング熱を運びうるヒトスジシマカは置き換えの対象になっていません。

そして、正面からの批判があります。2026年5月、学術誌『Infectious Diseases』に「立ち止まり、独立した再評価を」と題する総説が掲載されました。米インディアナ大学、アルゼンチンの国立科学技術研究会議(CONICET)などに所属する3名の研究者によるものです。ただし1名は、蚊を不妊化する競合手法を開発した企業の元経営者であることが、論文の利益相反として開示されています。読む側は、その位置も含めて受け取る必要があります。

そのうえで、示された事実は重いものです。ニテロイは市全域に広がった2023年の翌年、この10年で最大の流行を経験しました。2024年の確定症例2,506件、人口10万人あたり436件。ボルバキアの放出を受けていない隣のサンゴンサロは280件で、放出した街のほうが高かったことになります。リオデジャネイロでは約7,000万匹を放したものの、細菌の割合が安定に必要とされる6割を超えず、2024年の流行では放出地区と非放出地区の発生率がほぼ同じでした。2023〜24年には35度を超える日が90日以上あり、放出を続けても細菌の割合は4割を下回り、時に2割近くまで落ちたとされています。ベトナムのニャチャンでは、いったん100%近くまで上がった細菌の割合が、猛暑のあと3地域中2地域で崩れて戻りませんでした。

この総説はさらに、ウイルスの増殖を完全には止められない以上、部分的な阻止をすり抜けるウイルスが有利になる進化圧がかかりうると指摘し、実施団体の側が詳細なデータを公開していないことを問題視します。結論として、進行中および計画中の放出をいったん世界的に停止し、利害関係のない専門家による独立した検証を行うべきだと主張しています。

反論の余地はあります。2024年はブラジル全体が過去最悪の流行に見舞われた年で、都市ごとの比較だけで介入の効果を否定できるかは議論の余地がある。それでも、「うまくいっている」という物語だけでは説明できない数字があることは確かです。

国際的な評価も、まだ途中です。WHOの助言グループは2020年に「公衆衛生上の価値がある」と結論し、指針づくりを始めるよう勧告しました。しかし正式な推奨は出ていません。2026年6月、WHOはあらためて系統的レビューを進めていると発表しました。指針を検討する会合は2027年の第1四半期に開かれ、勧告の公表は2027年後半になる見込みだとしています。すでに10か国以上で実施されている手法が、まだ国際的な結論を待っている——それが現在地です。

ワクチンの供給も、まだ十分ではありません。生産能力を広げるため、ブタンタン研究所は保健省の仲介で中国企業と提携し、2026年後半に約3,000万回分を確保する計画です。「完全な国産」という言葉が使われることもありますが、規模を支えているのは国際的な分業でもあります。

そして、デング熱が世界で広がってきた背景には、都市化と気候の変化があります。どちらの技術も、その流れそのものを止めるものではありません。

祈りによせて

2024年にブラジルでデング熱に倒れた人たちの多くは、蚊にとって「たまたま近くにいた人」でした。守るための道具を作るのに、ワクチンは20年、蚊の手法は10年以上かかっています。効くかどうかを確かめるためだけに、5年の追跡が必要でした。

その長さは、たぶん誠実さの別名です。数字を急いで大きく見せず、測れなかったことを測れなかったと書き、放出の前に住民の同意を確かめる。そうやって積み上げたものだけが、次の流行期に人の命を実際に支えます。

今年の乾季が明けて、また蚊の季節が来ます。ブラジルの人々の上に、静かな夏が訪れますように。研究を続ける人たちの手元に、時間と資源が届きますように。

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ブラジルが平和でありますように

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参考・引用元

  • Agência Brasil「Anvisa publica registro da vacina contra a dengue do Butantan」(2025年12月8日)=ブラジル公共通信社:agenciabrasil.ebc.com.br
  • O Tempo/Folhapress「Vacina do Butantan mantém eficácia de 80,5% contra dengue grave após 5 anos」(2026年3月6日)=Nature Medicine掲載の5年追跡結果を報じたもの:otempo.com.br
  • Agência Brasil「Casos de dengue no Brasil caem 75% em 2026」(2026年4月15日):agenciabrasil.ebc.com.br
  • Pinto, S. B. ほか「Effectiveness of Wolbachia-infected mosquito deployments in reducing the incidence of dengue and other Aedes-borne diseases in Niterói, Brazil」『PLOS Neglected Tropical Diseases』15巻7号(2021年)=査読論文・オープンアクセス:journals.plos.org
  • Thomas, S. ほか「Wolbachia-mediated virus blocking in mosquito cells is dependent on XRN1-mediated viral RNA degradation and influenced by viral replication rate」『PLOS Pathogens』14巻3号(2018年)=ウイルスが抑えられる機序の査読論文:journals.plos.org
  • Ross, P. A. ほか「A decade of stability for wMel Wolbachia in natural Aedes aegypti populations」『PLOS Pathogens』18巻2号(2022年)=ケアンズでの10年追跡・査読論文:journals.plos.org
  • Marinotti, O., Paldi, N., Gorla, D.「Wolbachia releases for dengue control: why the evidence supports a pause and independent re-evaluation」『Infectious Diseases』(2026年5月5日)=手法に批判的な総説。著者の1名は蚊の不妊化技術を開発した企業の元経営者であることが利益相反として開示されている:doi.org
  • WHO「WHO update on the assessment of Wolbachia population replacement for the control of Aedes-borne diseases」(2026年6月11日)=世界保健機関による評価状況の発表:who.int
  • Tribuna do Paraná「Curitiba vai soltar mosquitos com bactéria para reduzir a transmissão da dengue」(2026年7月28日)=現地紙:tribunapr.com.br

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