Googleマップは、サモアに目を持っていない。地元の技術者ファアソオタウロア・サム・サイリさんは、そう表現する。この国には街路名がなく、番地もほとんど存在しない。「あの村の、教会の隣の、商店の裏」——人々は場所を、そんなふうに覚えている。世界を覆っているはずの巨大な地図が、ここでは空白なのだ。その空白を、サイリさんたちは自分たちの手で埋めることにした。そしてその小さな地図が、やがて国の経済のかたちを少しずつ変えていくことになる。
住所のない国で、地図をつくる
スカイアイ・パシフィックは、2013年にサイリさん兄弟姉妹が立ち上げた、家族経営の会社である。手がけるのは地理情報システム(GIS)、つまり地図の技術だ。街路名のないサモアで、彼らは村の教会、学校、商店、あるいはピウラ洞窟やト・スア・トレンチといった名所を、一つひとつ「位置ピン」として地図に記録していった。国土を、自分たちの手で読み取れる形に描き直す作業である。
この地味な土台が、のちにすべての出発点になる。サイリさんの言葉を借りれば、彼らの姿勢は一貫している。「私たちが提供するものはすべて、太平洋の島々の現実に合わせて、ゼロから設計したものです。私たちがシステムを設計したのだから、私たちがそれを修正できる」。借りものではなく、自分たちで作る。だから、変える権利も自分たちの手に残る。
壁を越えると、次の壁が現れる
2018年、彼らはひとつのことに気づく。住所がなくても、あの位置ピンの技術を使えば、物を正確に届けられるのではないか。ここから生まれたのが、eコマースのアプリ「Maua(マウア)」だった。買いたい人と売りたい人をつなぎ、商品を運ぶ。サモアには銀行口座を持たない露天商や零細事業者が数千人いる。彼らがデジタルで代金を受け取れるように、という発想からアプリは設計された。表示は英語とサモア語の両方。いまでは農家や漁師も使い、海外に暮らすサモア人が、故郷の家族へ食料品や日用品を届けるのにも使われている。
ところが、アプリを作った直後に、次の壁が立ちはだかった。アプリの中で、どうやって支払いを終わらせるのか。サモアには国としての決済の仕組みがなく、四つの商業銀行は互いにつながっていない。つまり、買い手と売り手が同じ金融サービスを使っていなければ、そもそも取引が成立しないのである。
そこで彼らは、また自分たちで作った。2019年、サモアで初めての、事業者の垣根を越えて使える決済システム「MauaPay(マウアペイ)」である。地元の通信会社の電子マネーをつなぎ、のちには海外の決済サービスとも接続して、ニュージーランドやオーストラリアからでも支払いができるようにした。地図の上にアプリが載り、アプリの中で支払いが完結する。住所がないという最初の一点から始まって、「地図をつくる」「物を動かす」「お金を動かす」という三つの層を、壁にぶつかるたびに一段ずつ、自分たちの手で積み上げていったことになる。政府もこの仕組みを、国の開発計画「サモア2040」に自国発のデジタル解決策として書き込んだ。
太平洋から、太平洋へ
興味深いのは、技術が流れていく向きだ。開発の恩恵は、ふつう豊かな国から島々へと一方向に注がれる。だがスカイアイは、この10年でソロモン諸島、トンガ、バヌアツへと拠点を広げた。太平洋の小国で生まれた技術が、同じ悩みを抱える太平洋の他の国々へと渡っている。本社と子会社あわせて社員はおよそ65人、その半数以上が女性だ。上級の技術者を外から呼ぶのではなく、地元の若者を育てる。その方針を、サイリさんは繰り返し語ってきた。
2025年11月、フィジーで開かれた国際機関主催のワークショップで、サイリさんは太平洋各地から集まった35歳未満の若い技術者たちに、自分がどうやって出資者を説得したのかを語った。13人きょうだいの一人として生まれ、奨学金で学び、島に戻って会社を興した人の話は、彼らにとって遠い成功譚ではなかったはずだ。同じ島の、地続きの未来として聞こえたに違いない。
それでも、道の途中である
美しくまとめる前に、正直に書いておきたいことがある。
外部の第三者による評価は、成功だけを記してはいない。Mauaは利用者数の目標こそ超えたものの、取引額の目標には届かず、一人あたりの利用回数は想定を下回った。電子マネーへの抵抗もあった。受け取ってもすぐに従業員の給料や仕入れの支払いには使えない、という現場の実務的な理由からだ。「自分たちだけで完璧にやり遂げた」という単純な物語ではない。資金面では豪州や英国の政府、国連の基金などから助成を受け、アプリ開発では外部の技術顧問の助けも借りている。ただし、それらは出資ではなく助成が中心で、会社の所有はあくまで地元の家族の手に残っている。
もう一つ、静かに立ち上がりつつある問いがある。近年、スカイアイはアプリ上の取引データを活用し、零細な小売業者が融資を受けやすくする構想を進めている。金融から遠ざけられてきた人々に道を開く前向きな試みだが、同時に、人々の商いの記録が新たな価値を持ち始めているということでもある。その情報が誰の手に集まり、何に使われるのか。この問いは、まだ答えの途中にある。
祈りによせて
「Maua」とは、サモア語で「私たちには、できる」という意味だという。手に入れた、成し遂げた、という響きもある。
世界を覆う巨大な地図が自分の国を空白のままにしているとき、それを不便として受け入れるのではなく、自分たちで描き直した人々がいる。決済の仕組みがなければ、自分たちで作った。技術を外から丸ごと借りるのではなく、設計図を自分の手に持つことを選んだ。だからこそ、うまくいかない部分を修正する力も、彼ら自身に残っている。すべてを誰かに委ね、すべてを市場の物差しで測る流れのなかで、「自分たちで作る」という選択は、決める力を手放さないという静かな意思表示でもある。この小さな会社と、それを育てた島の人々の歩みが、これからも良い方向へ続いていきますように。
サモアの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。
🕊️ サモアのために祈る — 祈りのワールドツアー
参考・引用元
- UNESCO「Innovative Samoan start-up to share its story with young Pacific scientists」(2025年11月):unesco.org
- UN ESCAP「How One Digital Solution Is Enabling Samoa's Digital Economy」(2021年):unescap.org
- GSMA「Insights from evaluating SkyEye」(第三者評価):gsma.com
- Samoa Observer「SkyEye Pacific opens new office」(2023年11月):samoaobserver.ws
- Mastercard Strive「Small but mighty: Driving digital inclusion and small business growth in Samoa」(2025年):medium.com