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モンゴル 環境

草原を「休ませる」という知恵 — モンゴルの遊牧民が取り戻す、土地の決定権

2026年6月25日

モンゴルの草原では、いちばん大切な仕事のひとつが「何もしないこと」だという。家畜を入れず、草を食ませず、土地をひと季節まるごと休ませる。芽が伸び、根が張り、傷んだ地面が静かに息を吹き返すのを待つ。ゴビ砂漠の北、イフ・ボグドという標高4,000メートルの山のふもとで、遊牧民たちがこの古い知恵を新しい道具と組み合わせ、痩せた草原を蘇らせようとしている。

「休ませる」という、古い知恵

モンゴルでは国土の約7割を草原が占め、人口の半分近くが今も家畜とともに生きている。牧草地は誰か一人の所有物ではなく、皆で分かち合う公有の土地——コモンズだ。季節ごとに放牧地を移し、傷んだ場所は休ませる。この移動性と共同管理こそが、過酷で変わりやすい気候の下で草原を保ってきた要だった。家畜の頭数を土地の力に合わせて加減する。その自制が、何千年も続いてきた。

草原が壊れた、本当の理由

だが近年、その草原が悲鳴を上げている。モンゴルの温暖化は世界平均の3倍を超える速さで進む。「ゾド」と呼ばれる災害は、夏の干ばつで痩せた家畜が厳しい冬を越せずに倒れていく複合災害で、2024年にはこれで700万頭を超える家畜が失われた。気候は確かに過酷だ。けれど、モンゴル自身の論者や研究者が指摘するのは、もう一つの、より根の深い原因——1990年代の急激な市場化である。

社会主義の時代、家畜は協同組合のもとで管理され、毎年その4割以上が食肉や繊維へと加工され、頭数はおおむね安定していた。ところが1990年代の自由化で協同組合は解体され、加工産業も崩れ落ちた。残されたのは、生きた家畜だけが唯一の「貯金」になった世界だ。頭数は2,500万頭から7,000万頭へと膨れ上がる。とりわけ山羊が、中国向けカシミヤ輸出のブームとともに急増した。山羊は草を芽や根ごと引き抜くため、土地の再生を妨げる。こうして今、国土のおよそ7割の牧草地が何らかの劣化を受けている。価格が下がるたび、牧民は埋め合わせにさらに頭数を増やし、土地はいっそう痩せていく——抜け出しにくい悪循環だ。

衛星と季節移動を、ひとつの手に

この循環に、別の入り口から手を入れようとしているのが、「湖の谷(ラケスバレー)」のエルデネト・マル・スレグ共同体での試みだ。国際環境NGOコンサベーション・インターナショナルが資金を出し、現場を担うのは社会的企業グッドグロース。彼らがまずしたのは、新しい技術の導入ではなく、牧民とともに土地を歩くことだったという。どの谷で草が消えたかを一緒に地図にし、お茶を飲み、話を聞く。ステップで育った同社の科学者バトボルド氏は、計画は共同体のものでなければならず、人々がすでに実践していることの上に築かれねばならない、と語る。

その伝統の核心が、季節移動と輪換放牧、そして「休ませる」ことだ。そこへ新しい道具が静かに重なる。衛星画像で牧草地の乾き具合やゾドの兆しを早期にとらえ、携帯電話やSNSで牧民に届ける。さらに、ある放牧地があと何日もちこたえられるか、休ませる頃合いはいつかを、衛星画像と機械学習で見積もる仕組みも開発が進む。狙いは、土地が限界に達してから慌てるのではなく、その手前で休ませることにある。これらはまだ初期段階の取り組みで、生態系が回復したと断言できる独立した検証はこれからだ。それでも、向かう方向ははっきりしている——量ではなく、質へ。より良い繊維に良い値がつけば、頭数を増やし続ける必要は薄れていく。ヤクやラクダの毛、食肉など、土地に負荷をかけにくい別の収入の道も模索されている。

そしてこの「休ませる」を共同で律しているのが、牧草地利用者組合(PUG)という当事者の制度だ。共同放牧地を分かち合う牧民が連帯し、輪換利用のルールを自分たちで決め、劣化した土地を回復させていく。モンゴルでは18県184郡でこうした組合が設けられ、1,000件を超える長期利用協定が登録されている。「コモンズは放っておけば荒れる」という古い俗説に反して、分かち合う者たちが自らルールを定めれば、土地はちゃんと律せられる——それを彼らは日々の手仕事で示している。

「売れるもの」をつくる土俵の、その先へ

ただ、希望に居着く前に、見ておくべき影がある。この仕組みの経済的なエンジンは、より高品質なカシミヤを世界のファッションブランドへ売ることだ。土地を癒そうとしながら、「市場で売れる商品をつくる」という土俵そのものは強める——その矛盾は消えない。しかも、生まれた価値の多くは下流で抜き取られていく。モンゴルは世界の原毛の約4割を産しながら、紡糸の能力が乏しく、年に採れる原毛の半分ほどしか国内で加工できない。残りは原料のまま、多くは隣の中国へ流れる。紡糸設備の建設には1億ドル規模の投資が要るとされ、牧民は変動の激しい国際商品の価格受容者にとどまる。原毛価格はコロナ禍のわずか一年で1キロ38ドルから24ドル台へ落ち、また40ドルへ戻った。ブランドが支払う「上乗せ」は、こうした嵐を支えきれるほど確かなものではない。

系譜をたどれば、影はもう少し長い。この放牧地モニタリングの手法は、ラグジュアリー大手とモンゴルの鉱山会社が、出資者から課された環境改善の義務とともに立ち上げた事業に源流をもつ。さらに2025年末には、アジア開発銀行が放牧の改善から炭素クレジットを生み出す事業をモンゴル政府と始めた。草原は今度は「売れる炭素」として、市場に編み込まれていこうとしている。

だからこそ、問いは「資本が善か悪か」ではなく、「決定権が誰の手に残るか」になる。買い手との関係が唯一の生計になれば、牧民の土地利用は遠い規格に従う「従うか、上乗せを失うか」の選択に縮んでしまう。逆に、その関係が組合の自治を厚くし、原料を売るだけの立場から一歩進んで加工や別の繊維へと発展の道を広げ、そして何より、市場を離れても暮らしが立つ余地——お金に従属しない時間の層——を残すなら、同じ資本は決定権を当事者の手へ渡す道具になる。同じ仕組みが、ナイフの刃のどちら側へ転ぶか。それはまだ、確かめられていない。

祈りによせて

草原を「休ませる」とは、ひと季節のあいだ、土地を繊維にもお金にも換えないと決めることだ。その小さな自制のなかに、私たちが取り戻そうとしている何かがある気がする。すべてを交換に明け渡さない時間。誰かに決めてもらうのではなく、分かち合う者たちで決めるという営み。モンゴルの牧民が、衛星の地図と祖先の知恵を同じ手に握りながら土地を休ませるとき、それは遠い草原だけの話ではない。希望を持ちながら、その希望に居着かない。壊れやすい草原と、それを律しようとする人々のために、静かに祈りを捧げたい。

モンゴルの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。🕊️ モンゴルのために祈る — 祈りのワールドツアー

参考・引用元

  • Conservation International「Can Mongolia’s oldest traditions survive a changing climate?」(2025):conservation.org
  • Yale Environment 360「In Mongolia, a Killer Winter Is Ravaging Herds and a Way of Life」(2024):e360.yale.edu
  • Global Press Journal「As Grasslands Die, Herders Turn to Agriculture」(2022):globalpressjournal.com
  • Jacobin / Manlai Chonos「Mongolia’s Neoliberal Turn Has Been an Ecological Disaster」(2024):jacobin.com
  • ILC Asia「Responsible nomads in Mongolia rehabilitate pasturelands」:asia.landcoalition.org
  • EBRD「EBRD supports sustainable cashmere production in Mongolia」(2023):ebrd.com
  • Asian Development Bank「ADB Pilots Project to Restore Mongolia’s Grassland」(2025):adb.org
  • Earth.Org「The Silent Demise: Mongolia’s Fight to Save the Steppe」(2026):earth.org

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