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人々が手放さなかった文字 ― 台湾シラヤ族、眠れる言語がよみがえるまで

台湾の南西部、ある学校の教室で、子どもたちがシラヤ語で歌い、読み上げています。シラヤ語――それは、最後の話者が100年以上前に世を去り、いったんは「消滅した」とされた言葉です。死んだはずの言葉が、なぜいま、子どもたちの口からよみがえっているのか。その答えは、ひとつの「文字」にありました。

消えかけた、声

台湾の先住民(原住民)は、この島に数千年前から暮らし、のちに太平洋の島々へと広がっていった「海の民」、オーストロネシア系の人々の源流ともいわれます。ハワイやニュージーランド、フィリピンやインドネシアの島々に住む人々と、遠い親戚にあたるのです。彼ら彼女らは独自の言語と文化を育んできました。けれど、この400年のあいだに、オランダ、清、日本、そして中華民国と、外から来たさまざまな政権が入れ替わり、同化や差別によって先住民を社会の周縁へと追いやってきました。学校では自分たちの言葉を話すことが許されず、多くの言語が危機に瀕し、いくつかは失われました。シラヤ語も、母語として話す人は20世紀の初めには途絶えてしまいます。

人々が、手放さなかった文字

ここに、ひとつの偶然と、ひとつの意志が重なります。17世紀、台湾南西部を治めたオランダの宣教師たちは、布教のためにシラヤ語を学び、ローマ字で書き表す方法を編み出して、人々に読み書きを教えました。注目すべきは、その後です。オランダの統治はわずか38年で終わり、1662年に島を去りますが、シラヤの人々は、この文字を手放しませんでした。撤退から150年以上のちの1813年の文書まで残っており、文字は人々自身の手で、世代から世代へと受け継がれていったのです。

残された文書の多くは、漢人入植者とのあいだで土地を売り買いした契約書でした。自分たちの土地と暮らしを守るために、人々はこの文字を握りしめていたのです。文字は、ただの記録の道具ではなく、アイデンティティを未来へ運ぶ器になっていました。話す声が途絶えても、書かれた言葉さえ残っていれば、いつか必ず取り戻せる――そのことを、シラヤの人々は身をもって示しました。

よみがえらせる、意志

やがてシラヤ語は、母語としては約100年の眠りにつきます。けれど1980年代、人々は再び立ち上がりました。なぜ、この時代だったのでしょうか。台湾は長らく戒厳令下にあり、声をあげて集まることすら難しい時代が続いていましたが、その壁が民主化の波で揺らいだとき、ようやく運動の「空間」が開いたのです。大学で学んだ先住民の若者たちが、押しつけられたレッテルに抗して声をあげ、先住民への布教で根を張っていた長老派教会が組織の場と力を貸しました。フィリピンなど海外の先住民運動との出会いも、言葉と勇気を与えます。1984年には権利を訴える連盟が結成され、外来の政権が押しつけてきた呼称を退けて「原住民」という名を取り戻す「正名(名前を正す)運動」が、1994年の公式承認へとつながっていきました。

この大きな流れのなかで、シラヤ語の復興も動き出します。エドガー・マカピリ氏や、自らもシラヤ族であるジミー・ホアン氏といった活動家たちが、あの17世紀のオランダ語資料を一字ずつ読み解き、文法や発音を再構築して、言葉をよみがえらせていきました。標準的な表記も整えられ、いまでは台南周辺の17の学校で、教科書や歌を通じて教えられています。記録という「奇跡」と、それを掘り起こす「意志」。その両方がそろって初めて、消えた言葉は戻ってきました。

いまも生きている言語にも、新しい風が吹いています。アミ族やブヌン族の若者たちが、長老を講師に招いた文化キャンプに集い、粟の収穫儀礼や機織り、語り継がれてきた物語を、自分たちの世代へと受け取っています。「自分たちは消えてなどいない」――その静かな意志が、言葉と誇りを今につないでいます。

「外から来た政府」との、折り合い

では、外から来た人々が多くを占める現在の社会と、原住民とは、どう折り合いをつけてきたのでしょうか。大きな転機は2016年でした。蔡英文総統が原住民族の日に、政府を代表して先住民へ歴史的な謝罪を行い、過去4世紀にわたり歴代の政権が先住民を周縁へ追いやってきたことを、公式に認めたのです。総統はアタヤル語で「Sbalay(和解)」という言葉を用い、真実と向き合うことなしに真の和解はない、と語りました。先住民の言語は法律で「国家の言語」と位置づけられ、長く認められてこなかった平埔(ピンプ)諸族の身分も、近年ようやく法的に認められはじめています。

ただ、これをきれいな成功物語にはできません。謝罪は言葉だけでは意味がない――歌手で活動家のパナイ・クスイ氏は、その後の7年間にわたり、土地の権利や主権を求めて抗議を続けました。「国家が望む範囲でだけ先住民でいられる」のではないか、という批判もあります。土地や核廃棄物をめぐる対立など、未解決の課題は今も残ります。和解は確かに始まりました。けれどそれは終わりではなく、当事者が声をあげ続けることで少しずつ前へ進む、長い道のりの途中なのです。

祈りによせて

どんな国にも、消されかけた歴史があります。台湾の先住民の言葉が今に残ったのは、奇跡的に文献が残ったからだけではありません。何より、抑圧のなかでも文字を、そして誇りを、手放さなかった人々の意志があったからです。受け継ぎたいという願いが途切れない限り、たとえ一度眠っても、言葉はよみがえる――その事実は、自分たちの声を奪われてきた世界中の人々への、静かな希望になります。

ひとつひとつの民族が、自分の言葉で歌い、自分の物語を語れること。それは、誰もが奪われてはならない、尊厳の根っこです。消えかけた声がふたたび響く台湾の教室に、これからも光が差しますように。

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参考・引用元

  • Taiwan Insight「Language Revitalisation Using Historical Texts: The Case of Siraya」(2026年3月):taiwaninsight.org
  • Cultural Survival「President of Taiwan Offers Historic Apology to Indigenous Peoples for 400 Years of Abuse」:culturalsurvival.org
  • University of Washington JSIS「From Reconciliation to Action: Taiwan's Pathway to Indigenous Educational Sovereignty」(2025年10月):jsis.washington.edu
  • Asia New Zealand Foundation「Transitional justice and Indigenous peoples in Taiwan」(2025年):asianz.org.nz
  • Taipei Times「Taiwan in Time: The struggle for a proper name」(正名運動):taipeitimes.com

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