ドイツ中部、ヘッセン州の小さな村ブラハト。人口およそ800人のこの村では、2025年の秋から、多くの家が夏の太陽の熱で冬を越しています。加入した住民のヘルマン・コッホさんは、暖かいうえに油を燃やしていない、すごくいい気分だとドイツの公共放送ZDFに語りました。そして、今は少し多く払っているかもしれないが、孫たちにもこの世界の何かを残してやりたい、とも話しています。
この「少し多く払っている」という言葉に、この村の選択のすべてが詰まっています。
ヨーロッパの家計を締めつける「熱」
2026年の春、ヨーロッパの家庭のガス料金は大きく跳ね上がりました。中東情勢の緊迫を受けて、2月から4月のあいだにベルリンでは28.6%、ブリュッセルでは28.8%上がったと、家庭エネルギー価格指数(HEPI)をもとにした報道は伝えています。一方で、再生可能エネルギーの多い国では電気料金がむしろ下がりました。いまヨーロッパの家計を締めつけているのは電気よりも、ガスに頼る暖房や給湯、つまり「熱」です。
ブラハト村の人々が動き出したのは、その危機よりずっと前のことでした。
夏の太陽を、地中の湯だまりにためる
村はずれには、約1万1,600平方メートルの太陽熱集熱器が並んでいます。パネルで温めるのは電気ではなく、水です。夏のあいだにつくった湯は、地面を掘り下げてシートで防水し、断熱材でふたをした2万6,600立方メートルの巨大な貯湯池にためられ、85〜90度まで温められます。その湯を、冬に温水の配管で村の家々へ配ります。
「地中の貯湯池」と聞くと、地下深くの熱を汲み上げる地熱発電を思い浮かべるかもしれません。けれどもこれは、太陽の熱をためておく巨大な魔法瓶のような水槽です。熱源はあくまで太陽で、足りない分を2台の大型ヒートポンプと、木質チップを燃やすボイラーが補います。カッセル大学のシミュレーションでは、年間の熱のおよそ70%を太陽熱、約7%をヒートポンプ、残りを木質ボイラーでまかなう見込みです。建物の断熱改修をしないまま、村の暖房のほとんどを化石燃料から切り離す設計です。
設備は2025年9月20日に稼働しました。カッセル大学の研究チームが数百か所で温度などを測っており、その記録で実際の働きが評価されます。最初の冬、2025〜26年の実測の結果は、まだ公表されていません。「70%」は、いまのところ設計上の見込みです。
一軒一軒を回った10年
この仕組みは、村の人々が自分たちでつくりました。構想が始まったのは2013年ごろです。2016年からは住民の作業部会が毎週集まり、実現可能性の調査、資金集め、補助金の申請を重ねていきました。2021年には住民の協同組合「ソーラーヴェルメ・ブラハト」を設立します。設立時に61人だった組合員は、稼働のころには214人になっていました。
協同組合の代表理事ヘルゴ・シュッツェさんは、自分たちは一軒一軒、家を回ったと語っています。ボランティアでつぎ込んだ時間は何千時間にもなり、村のさまざまな会のつながりが加入を広げる助けになったそうです。シュッツェさんは、村は前より結びつきが強くなった、とも話しています。
決め手が別のところにあった人もいます。住民のギュンター・ファウペルさんは、古い暖房機の交換部品がもう手に入らなかったので、地域暖房はちょうどいい時に来たと話しています。気候への思いと、目の前の暮らしの事情。その両方が、加入する家を少しずつ増やしていきました。いま約190軒、村の6割ほどがつながっています。
割高と知りながら、選んだ
加入する家は、組合に1口6,000ユーロ(約105万円)を出資します。家の中の改修には、一部補助があるものの、最大で8,000ユーロほどかかります。熱の単価は1キロワット時あたり約16.5セントです。
2021年に開かれた住民説明会では、比べた数字が示されていました。年に2万2,000キロワット時の熱を使う家で、機器の購入や保守まで含めた総費用は、灯油暖房なら年約3,232ユーロ、地域暖房なら年約4,009ユーロ。月に直せば65ユーロほど、地域暖房のほうが高くつく計算です。この比較は当時の灯油価格に基づくもので、その後の燃料価格の上昇は含まれていません。それでも村の人々は、割高になることを数字で知ったうえで、加入を決めました。
加入するということは、自分の家の暖房を手放すことでもあります。組合の規則では、熱の買い手を確保するため、古いボイラーを残すことはできません。ラウシェンベルク市の市長は、自分の暖房を手放して大きな共同体に加わるということだと述べ、住民のあいだに懐疑があったことも認めています。ただ、組合員が負う責任は出資金の額までに限られていて、家の財産すべてを賭けたわけではありません。
デンマークで育った方式
太陽の熱を地中の貯湯池にためる方式は、ブラハト村の発明ではありません。デンマークのマルスタルやドロニングルンといった町が、2010年代から使ってきたものです。マルスタルでは2014年の時点で、町の熱の55%を太陽熱でまかなっていました。ただし、そのマルスタルの担当者は当時、今から計算し直すならヒートポンプを選ぶだろうとも話しています。方式に唯一の正解はありません。ブラハト村は、デンマークで育った貯湯池にヒートポンプを組み合わせ、自分たちの村の形に合わせました。
どこでも真似できるわけではない
事業費は全体で約1,630万ユーロ、建物1棟あたりに直すと約9万ユーロにのぼります。各家庭の出資金は6,000ユーロで、残りは地元の協同組合銀行からの約600万ユーロの融資と、EUや州、国の支援でまかなわれました。研究に関わるカッセル大学の教授によれば、国の補助が費用の約4割を担っています。使われた国の支援制度は、すでに終わっています。ドイツの技術専門誌は、国が関わらなければ経済的には手本にしにくいと指摘しています。
同じ郡の別の2つの村では、住民の半分が反対し、計画は実現しませんでした。村の暮らしに負担がかかったとも報じられています。熱の4分の1ほどは木を燃やしてつくっていて、まったく燃やさない暖房になったわけでもありません。そして、いちばん大事な答えである「本当に7割を太陽でまかなえたのか」は、まだ測定の結果を待っている段階です。
祈りによせて
エネルギーの価格は、遠い国の出来事ひとつで跳ね上がります。その揺れに家計をさらし続けるか、少し高くても自分たちで決められる熱を持つか。ブラハト村の人々は、10年かけて話し合い、一軒一軒の扉をたたいて、後者を選びました。それは技術の選択であると同時に、暮らしの舵を自分たちの手に取り戻す選択でもありました。
この冬、村の貯湯池は前の夏の太陽をどれだけ残しているでしょうか。答えはまだ測定の途中です。それでも、孫の世代を思って少し多く払うことを選んだ人々がいます。燃料の値上がりに怯えずに冬を越せる家が、ヨーロッパの各地に、そして世界中に増えていきますように。祈りを捧げます。
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ドイツが平和でありますように
参考・引用元
- ZDFheute「Wärmewende in Hessen: Wie ein Dorf auf Sonnenenergie setzt」(2026年1月10日・ドイツ公共放送):zdfheute.de
- evangelisch.de「Dorf macht die Energiewende selbst」(2026年3月10日):evangelisch.de
- hessenschau「Solardorf Bracht: Der lange Weg zur Energiewende」(ヘッセン公共放送):hessenschau.de
- Energieforschung.de「100 per cent renewable – solar heat powers most of Bracht's energy needs」(2025年9月22日・ドイツ連邦政府のエネルギー研究情報サイト):energieforschung.de
- energiezukunft「Nahwärme aus Solarthermie bewahrt im Erdbeckenspeicher」(2025年9月23日):energiezukunft.eu
- ingenieur.de「Dorf erreicht ohne Gebäudesanierung die Klimaziele 2045」(2025年10月8日・技術専門誌):ingenieur.de
- Cleanthinking「Bracht heizt mit der Sonne vom vergangenen Sommer」(2026年10月7日):cleanthinking.de
- Bürgerforum Energiewende Hessen「Infoveranstaltung Nahwärme Bracht: Vergleich Vollkosten」(2021年・住民説明会資料):buergerforum-energiewende-hessen.de
- Solarwärme Bracht eG「FAQ」(実施団体の自媒体):solarwaerme-bracht.de
- To Vima「Which European capitals saw gas bills surge most?」(2026年5月18日):tovima.com
- Solarthermalworld「Denmark: 23 MWth to cover 55 % of heat demand」(2014年7月28日):solarthermalworld.org
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