バングラデシュ北西部の乾季。田植えを終えたばかりの水田に、地下水を汲み上げるポンプの音が響く。この国の灌漑用ポンプはおよそ160万台。推計には幅があるが、その7〜8割がディーゼルで動いている。燃料を買い、ポンプの番をし、燃料が手に入らなければ水も止まる。
そこに、太陽光で動くポンプが加わり始めた。燃料はいらない。研究者の調査では、農家の灌漑費は2割ほど下がった。懸念された地下水の汲みすぎも、今のところ確認されていない。
ただ、この技術を追っていくと、もう一つの問いに行き当たる。誰がポンプを持ち、誰が水の値段を決めるのか。燃料代が消えても、その問いは消えない。
乾季の稲を支える地下水と、ディーゼルの重さ
バングラデシュの米づくりは、雨の少ない乾季に育てる「ボロ稲」に大きく頼っている。その水を支えてきたのが地下水で、灌漑面積は790万ヘクタールを超える。ポンプの多くは輸入燃料のディーゼルで動くため、燃料の値段が上がれば、そのまま農家の負担と国の財政にのしかかる。2026年にも燃料の供給不安が広がり、農家が太陽光に目を向けるきっかけになったと報じられている。
政府は2023年、ディーゼルポンプを太陽光に置き換えていく方針を打ち出した。パリ協定のもとで提出した気候計画では、2035年までに4万5,000台の太陽光ポンプを掲げている。
ポンプは誰のものか ― 三つのやり方
太陽光ポンプはパネルと配管を合わせると高価で、小さな農家が一人で買えるものではない。そこでバングラデシュでは、三つの導入のやり方が並んで進んできた。
最も多いのは「水の販売」型である。政府系の金融機関IDCOLが、民間企業やNGOなどの事業者に、建設費の最大50%の補助と35%の融資(金利6%、10年返済)を出す。事業者は農家から土地を借りてパネルとポンプを据え、地元の人を運転係に雇い、農家に水を売る。その収入で返済を終えると、ポンプは事業者のものになる。
二つ目は、政府機関が建設費を全額負担し、運営を農民の委員会に任せるやり方。三つ目は、補助と融資を受けて農家自身がポンプを持ち、余った電気を送電網に売れるようにするやり方である。
2026年10月に報じられた例では、事業者が運営する一台のポンプが、27戸の農家の約25エーカーに水を届けているという。
研究が確かめたこと
この技術については、国際水管理研究所(IWMI)の研究者たちが、現地のNGOと組んで調べてきた。
北西部のディナジプール、タクルガオン両県の60村で888世帯を比べた研究(2024年、Energy Economics誌)では、太陽光の水を使う区画は、灌漑費が1エーカーあたり1,345タカ、平均のおよそ22%安かった。乾季の稲作で得られる付加価値は約25%増え、家庭の食事の多様さも改善していた。水を買う農家は、ポンプの番をする時間が乾季だけで9〜23時間ほど減ったという別の推計もある。
心配されてきたのは、地下水の汲みすぎである。燃料代がかからなければ、必要以上に水を使うのではないか。北西部で2シーズンにわたって調べた研究(2025年、Nature Water誌)は、太陽光とディーゼルの区画で、まく水の量に統計的な差は見られなかったと報告した。地域の地下水への影響も小さいと見積もっている。ただし、乾季に稲を作る面積はわずかに増えており、それが大きく広がれば危険が生じるとも書いている。
数字が意味しないこと
ここまでの数字には、読み方の注意がいる。
まず、規模はまだ小さい。太陽光ポンプの数は、エネルギー当局の集計で2023年3月時点2,798台、2026年4月のロイター通信の報道では農業開発公社の調査で4,058台とされる。集計元が違うので、単純に増えたとは言えない。いずれにしても、160万台の0.3%に届かない。
次に、成果を示した研究の多くは「水の販売」型を対象にしたものだ。調査対象は農地を耕す世帯で、土地を持たない人は含まれていない。著者自身も、別のやり方に結果が当てはまるとは限らないと記している。
そして、研究資金はスイス開発協力庁が出しているが、IDCOLはこの研究プロジェクトの主要なパートナーでもある。査読を経た論文ではあるが、推進する側と組んだ検証であることは書き添えておきたい。
燃料代は消えても、「水を売る人」は残る
北西部のバリンド地域には、苦い前例がある。政府機関が掘った深井戸の水を、運営者が政府の定める料金の6〜28倍で売っていた実態を、現地紙デイリー・スターが2023年に報じた。農家は夜通し起きて順番を待ち、立場の弱い先住民サンタルの農民はとりわけ不利な扱いを受けていたという。記事は、地元の農家が灌漑用の井戸を運営者にとっての「油田」にたとえたと伝えている。
太陽光ポンプは燃料代をなくすが、水を売る人と買う人の関係まで変えるわけではない。2024年のEnvironmental Research Letters誌の論文で、IWMIの研究者たちはこの点をはっきり書いている。
「水の販売」型の水の値段には公的な規制がなく、周りのディーゼルポンプや電動ポンプの料金に合わせて、地域の水の市場で事実上決まっている。返済が終わったあとに料金を見る仕組みがなければ、営利の事業者がその地域を独占し、高い料金をとるおそれがある。新しい地下水の法律による井戸の許可制度で、太陽光ポンプの給水範囲には新たな電動ポンプがつなげなくなる可能性も指摘されている。著者たちは、三つのやり方のうち「水の販売」型の公平性を「低」と評価した。
政府が全額を負担する委員会型も、それで公平になるわけではない。ポンプが建つ土地の有力者が事実上の水の売り手になり、委員会が機能していない例が多いという。農家が自分で持つ型は、補助があっても貧しい農家には手が届きにくい。
IWMIの別の研究者たちは、バングラデシュとネパールの水・エネルギー・農業の政策を読み比べ、男女平等や社会的包摂は理念として掲げられているものの、女性や小作の農民、土地を持たない人を阻む構造的な壁には、実際の運用ルールが手をつけていないと結論づけている。
一年のうち、パネルが働くのは数か月
技術としての課題も残る。灌漑が必要なのは年に4〜5か月ほどで、残りの季節、パネルの多くは発電の力をもてあましている。余った電気を送電網に売れれば年間を通して稼げるが、その仕組みづくりは遅れてきた。2024年の論文は、売電の価格が発電コストを下回っている点を挙げている。
現場では、ポンプや制御装置を修理できる技術者と交換部品が足りず、守りの薄い場所では盗難も起きている。2026年8月に普及員向けの研修が開かれた際には、技術そのものより、動かし続けることのほうが難しいという声が出たと報じられた。
動きもある。西部では、NGOのウェーブ財団が3台の太陽光ポンプを送電網につなぎ、さらに39台を計画しているとロイター通信は伝えている。IDCOLは2030年までに1万台への資金提供を目標に掲げ、農家がポンプを持つやり方も検討しているとしている。IDCOLによれば、この事業には世界銀行などとともに、日本の国際協力機構(JICA)も資金を出してきた。
祈りによせて
太陽の光は、誰の田んぼにも等しく降りそそぐ。けれども、その光で汲み上げた水が誰の田んぼに、いくらで届くのかを決めるのは、光ではなく人である。燃料の煙を出さないポンプは確かな希望だ。灌漑費が下がり、食卓が少し豊かになった家族がいる。そのことを喜びながら、水の値段を誰が決めるのか、土地を持たない人にその水は届くのか、という問いも手放さずにいたい。
技術が人の手から決める力を奪うのではなく、より多くの人の手に渡すものとなりますように。乾季の水田で働くバングラデシュの人々の暮らしが、実り豊かでありますように。
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バングラデシュが平和でありますように
参考・引用元
- Environmental Research Letters(査読誌)Mitraほか「Unleashing the potential of solar irrigation in Bangladesh: key lessons from different implementation models」(2023年12月5日):iopscience.iop.org
- Energy Economics(査読誌)Buissonほか「A place in the sun: farmers' co-benefits from solar irrigation in Bangladesh」(2024年10月):cgspace.cgiar.org
- Nature Water(査読誌)Alamほか、太陽光灌漑と地下水に関する論文(要旨)(2025年11月13日):nature.com
- Frontiers in Sustainable Food Systems(査読誌)Khadkaほか、バングラデシュとネパールの政策とジェンダーに関する論文 (2024年1月25日):doi.org
- Dawn(ロイター通信配信)バングラデシュの農家と太陽光灌漑 (2026年4月3日):dawn.com
- The Daily Star(現地紙)バリンド地域の深井戸と農家に関する調査報道、Asia News Network転載 (2023年9月26日):asianews.network
- fundsforNGOs News、IWMIと農業普及局による太陽光灌漑の研修 (2026年10月9日):news.fundsforngos.org
- IDCOL(実施機関の自媒体)Solar Irrigation Program:idcol.org
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