現在の祈りの総数は

広告 ネパール 環境

ネパールのハゲワシ回復 ― 禁じられた薬が、薬局の棚から消えるまで

ネパール南部の低地で、絶滅の瀬戸際にあったベンガルハゲワシが増え続けている。2026年7月に鳥類学の専門誌『Ibis』に載った論文によれば、2012年頃を底に、道路沿いの調査で数えられる数が年12.7%の割合で伸びてきた。調査は2025年まで続いている。

回復の理由として著者たちが第一に挙げるのは、よく知られた給餌場のにぎわいではない。牛に使う痛み止めの一種が、動物薬を扱う薬局の棚から消えたことである。法律がその薬を禁じたのは2006年。数が上向くまでには、そこからさらに数年がかかった。その数年に何があったのかを追う。

世界で最も多かったかもしれない鳥が、消えかけた

論文の筆頭著者で英国王立鳥類保護協会(RSPB)のジョン・マロードさんは、ベンガルハゲワシがかつて世界で最も数の多い大型猛禽だった可能性があると書いている。

1990年代半ば、その鳥が急に死にはじめた。論文によれば、インドでは1992年から2007年のあいだに99.9%が失われ、ネパールでも同じ期間に91%減った。近縁のインドハゲワシ、ハシボソハゲワシも同じ道をたどり、3種はそろって国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで、最も絶滅に近い区分「深刻な危機」に移された。

原因が突き止められたのは2004年である。家畜の治療に広く使われていた非ステロイド性抗炎症薬、ジクロフェナクだった。死ぬ少し前にこの薬を与えられた牛の死骸をハゲワシが食べると、腎不全と内臓の痛風を起こし、数日のうちに死ぬ。

誰かがハゲワシを殺そうとしたわけではない。弱った家畜の痛みをやわらげるための薬が、死骸を片づける鳥に届いていた。論文も、これは意図しない中毒だったと記している。

2006年の禁止は、終わりではなく始まりだった

インド、パキスタン、ネパールは2006年に、ジクロフェナクの家畜への使用を禁じた。バングラデシュも2010年に続いた。

ここで話が終われば、法律が鳥を救ったことになる。しかし、そうはならなかった。ケンブリッジ大学の発表によれば、禁止のあと使用は減ったものの、取り締まりが伴わずゼロにはならなかった。禁止の対象外だった別の有毒な抗炎症薬が、一部でその穴を埋めもした。論文は、インドでは今もジクロフェナクが広く手に入り、ハゲワシは減少こそ止まったが回復の兆しはないと記す。

ネパールは違う経過をたどった。政府機関と、国内の自然保護団体バード・コンサベーション・ネパール(BCN)が組み、禁止を紙の上から現場へ下ろしていった。相手は、行政の担当者、医薬品の監督官、薬剤師、獣医、そして家畜を飼う人々である。禁止の事実と、この薬がハゲワシに何をするかを伝え、代わりにメロキシカムという薬を勧めた。ハゲワシに安全だと確かめられている抗炎症薬は、今のところメロキシカムと、のちに加わったトルフェナム酸しかない。

こうした働きかけを集中させる地域は「ハゲワシ安全圏(Vulture Safe Zone)」と名づけられた。柵で囲った保護区のことではない。鳥を囲うのではなく、その地域で人が使う薬を替えていくための枠組みである。

論文によれば、ネパールでは2013年頃までに家畜用ジクロフェナクの販売がほぼなくなり、2023年には、国としてこの薬のない状態になったと宣言された。

勧められる側にとっては、使い慣れた薬を手放す話である。個々の獣医や店主がそれをどう受け止めたのか、負担や反発があったのかは、今回確認できた資料には書かれていなかった。分かっているのは、結果として棚から薬が消えたことである。

「年12.7%」が意味すること、しないこと

回復を示す数字は、地道な方法で集められている。5月、調査員2人がピックアップトラックの荷台に立ち、東西ハイウェイなどの決まった道を時速20キロで走る。ハゲワシを見つけたら車を止め、種類ごとに数える。同じ道を、2002年から2025年まで。

こうして得られた数は、2012年6月頃を境に向きを変えていた。それまでは年13.8%の減少、それ以後は年12.7%の増加である。2013年から2025年のあいだに、およそ4.2倍になった計算だという。ただし、読み方には注意がいる。

第一に、これは「ネパールに何羽いるか」を示す数ではない。道路から見えた数をもとに、2002年を1として表した指数であり、総数は論文に示されていない。論文の図を見ると、2025年の指数は2002年をやや上回るところまで戻っている。しかし2002年は、激減が始まってすでに数年が過ぎた時点だった。著者たち自身、個体数は1990年代半ば以前に比べればなお非常に低く、絶滅の危険は高いままだと書いている。

第二に、増えた分が本当にネパールで生まれ育った鳥なのか、という問いがある。2020年の先行研究では増加率が年21.7%と見積もられ、繁殖だけで説明できる上限を超えていた。インドから飛んできた鳥が数を押し上げているのではないか、と疑われたのである。

今回の論文は、この疑いを確かめにいった。研究チームは2017年から2023年にかけて70羽に発信機をつけ、生死を追った。年間の生存率は成鳥で94.7%、若い鳥で95.5%。発信機が外れただけかもしれない場合も死んだものとして数える、控えめな見積もりである。2007年から2025年までに見守った巣は、のべ6,410。雛が巣立った割合は平均69.2%だった。

これらを計算に入れると、よそからの移入がなくても年8.7〜9.8%の増加が見込めることが分かった。道路調査の12.7%よりやや低いが、誤差の範囲は重なっている。著者たちは、増加の大部分は高い生存率と繁殖成績で説明でき、インドからの移入は、あったとしても小さな役割だろうと結論している。同時に、巣立って1年目の生存率は実測できず、フランスにすむ別種の値を借りたことも明記している。

なお、この研究はRSPBの資金で行われ、著者にはRSPBとBCNの関係者が含まれる。査読を経た論文ではあるが、保全を進めてきた当事者による検証であることは書き添えておきたい。

「ハゲワシ・レストラン」という一場面

ネパールのハゲワシといえば、「レストラン」の話がよく知られている。ナワルプル郡カワソティ、チトワン国立公園の緩衝帯にあるコミュニティ林の一角に、2006年にできた給餌場だ。人が食事をする店ではなく、薬を使っていない家畜の死骸をハゲワシに出す場所である。環境メディアMongabayによれば、当初は「給餌区」と呼ばれていたのを住民が「レストラン」と呼び替え、「ジャタユ」と名をつけた。ジャタユは、ヒンドゥーの神話に登場するハゲワシの名である。

仕組みはこうだ。年をとって働けなくなった牛を農家から買い取り、牛舎で寿命が尽きるまで世話をする。死んだら、ハゲワシに供する。牛を殺すことが禁じられている土地で、老いた牛を抱える農家の負担を軽くする面もあったと、実施団体のBCNは記している。運営するのはコミュニティ林の利用者グループの下に置かれた委員会で、企業ではなく地域が運営していることが特徴だと、委員会のD・B・チャウダリさんは語ったと報じられている。

論文は、2023年2月にここでベンガルハゲワシが最大393羽数えられたと記す。ただ、冒頭に書いたとおり、この給餌場を回復の原因とは見ていない。給餌場に近い道ほど増え方が速い、という関係は統計的に認められず、増加は全国で起きていた。ネパールに6か所ある同種の施設のうち、定期的に餌を出しているのはここだけでもある。

暮らしへの効果も、控えめに見ておく必要がある。入場料は外国人1,000ルピー、ネパール人300ルピー(2023年4月の現地報道)で、運営にはBCN、国立公園、市、森林事務所からの資金が入っている。BCNが行った住民調査では、エコツーリズムで暮らし向きが変わったと答えた人は31%だった。ホームステイの計画はうまくいかなかったという。職員の賃金がどの程度なのかは、確認できなかった。

給餌場が果たした確かな役割は、別のところにある。研究チームが70羽を捕まえて発信機をつけたのは、この場所だった。回復をもたらしたのが薬局の棚の変化だとすれば、給餌場は、その回復を確かめる窓になった。

この森のある緩衝帯にも、前史がある。チトワン国立公園は1973年の設立にあたって軍を動員し、13の村を立ち退かせた。その多くは先住民族タルーの村だったと、環境メディアDialogue Earthは報じている。給餌場を担う集落がこの歴史とどう関わるのかは確認できていないが、「地域が運営する」という言葉の手前にこうした経緯があることは、書き添えておく。

残っている課題 ― 次の薬、開いた国境

ジクロフェナクが消えても、同じようにハゲワシを殺す薬は残っていた。ニメスリド、アセクロフェナク、ケトプロフェンである。ネパールの医薬品管理局は2026年4月23日、この3つについて、製造・輸入・新規登録・販売を禁じる通知を出した。保全団体の連合体SAVEの発信(同団体の自媒体である)によれば、既存の在庫には6か月の移行期間が設けられ、官報への正式な掲載は5月の時点でまだだった。通知から6か月は、2026年10月下旬にあたる。

2006年と同じ問いが、ここでも繰り返される。禁止は、棚から消えることと同じではない。医薬品管理局の局長代行は、違反は医薬品法のもとで処罰の対象になるとしつつ、税関職員の技術的な能力に限りがあり、監視が行き届かないおそれがあると述べたと伝えられている。BCNの代表も、国境が開かれているために、規制の外にある動物薬が非公式な経路で入ってくる可能性を挙げた。発信機をつけたハゲワシが、ネパールとインドを日常的に行き来していることも分かっている。ネパールの棚がきれいになっても、鳥は国境を知らない。

論文は最後に、新しい動物薬を認可する前に、ハゲワシへの安全性を試験する制度を求めている。その仕組みがないかぎり、次のジクロフェナクが現れるおそれは消えない、という指摘である。

山が崩れ、川があふれる ― もう一つの懸念

薬とは別の次元の懸念にも、触れておかなければならない。2026年8月26日、ネパール北部のラスワ郡で、氷河と岩盤の大規模な崩落をきっかけに洪水が起きた。国家災害リスク削減管理庁(NDRRMA)によれば、死者は1,455人、行方不明は5,285人にのぼる(2026年10月5日、政府が捜索・救助の打ち切りを決めた時点。IANS通信の報道による)。遺体は、給餌場のある地方を含む下流のチトワンやナワルパラシでも見つかったと、現地紙は警察の話として伝えている。

そして10月11日の未明、今度はゴルカ郡のブディガンダキ川で鉄砲水が起きた。同日時点でNDRRMAは5人が行方不明としており、家屋や橋が流されている。上流で地すべりが川をせき止めた可能性が伝えられているが、原因はまだ確定していない。被害の全体像は、これから明らかになる。

こうした災害の背景には温暖化の問題がある。ただ、ここは正確に書いておきたい。8月の崩落について、科学者たちは、気候変動と結びつけるにはさらなる分析が必要だとしている。一方で、温暖化がヒマラヤの氷河や永久凍土、斜面の安定を変えつつあり、重要な背景リスクになっているとも指摘されている。国際総合山岳開発センター(ICIMOD)によれば、ヒンドゥークシュ・ヒマラヤの氷河は1990年から2020年のあいだに面積の約12%、氷の量の約9%を失った。個々の災害の原因とは言い切れないが、山が不安定になっていく流れそのものは観測されている。

洪水がハゲワシにどう影響したかを示す報告は、今回は見つけられなかった。まず失われたのは人の命と暮らしであり、それはこの記事の主題よりも重い。そのうえで言えば、20年かけて一つの脅威を取り除いてきた土地が、人にも鳥にも、別の脅威にさらされている。

日本の読者へ ― 北海道のワシと鉛の弾

日本にも、構造のよく似た問題がある。先に違いを書いておく。種も違えば、毒の種類も、関わる人の立場も違う。

北海道東部では1997年頃から、オオワシやオジロワシが鉛中毒で死ぬ例が指摘されるようになった。エゾシカ猟で使われた鉛の弾が死骸に残り、それをワシが肉と一緒に飲み込んでいた。人が別の目的で使ったものが、死骸を通じて、死肉を食べる鳥に届く。経路はネパールと同じである。

エゾシカ猟では、2000年度の猟期から鉛ライフル弾が、2001年11月からは鉛の散弾も禁止された。それから20年以上がたつ。環境省の資料は、北海道での死亡例は減ったものの、今も年に数例が確認されていると記している。本州以南でも、数は少ないが、鉛にさらされた猛禽類や水鳥が見つかっている。

2021年9月、当時の環境大臣は、2030年度までに鉛製銃弾による鳥の鉛中毒をゼロにすることを目指すと発表した。2025年11月の環境省資料によれば、2025年度からモデル地域での規制の試行が始まり、社会的な影響の検討も並行して進められている。

ネパールの経験を、そのまま日本の答えにすることはできない。狩猟は、シカやクマによる被害への対策を担ってもいる。弾を替える負担を引き受けるのは現場の人々であり、どう進めるかは、その人々を交えて決めることだ。そのうえでネパールから受け取れるものがあるとすれば、手法よりも順序かもしれない。薬を売る人、使う人、数える人が、同じ事実を共有したこと。そして、禁じた日を終点にせず、薬が実際に売られているかどうかを調べ続けたことである。

祈りによせて

誰かを悪者にしなくても、取り返しのつかないことは起きる。牛の痛みをやわらげようとした薬が、空から鳥を消した。それを元に戻すのに必要だったのは、獣医や薬剤師や家畜を飼う人々が、それぞれの持ち場で薬を一つ替えることだった。ここに英雄はいない。あるのは、数えきれない小さな切り替えと、それを20年あまり数え続けた人々である。

いま、ネパールは洪水の被害のさなかにある。亡くなった方々を悼み、行方の分からない方々が見つかること、家と暮らしを失った人々のもとに一日も早く復興が届くことを祈りたい。ハゲワシが戻りつつある空の下で、人の暮らしもまた立ち直っていきますように。

ネパールの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。
→ ネパールのために祈る | 祈りのワールドツアー

Nepal

ネパールが平和でありますように

+83

参考・引用元

  • Ibis(査読誌)Mallordほか「Continued population recovery and high annual survival rates of White-rumped Vultures in Nepal」(2026年7月20日):onlinelibrary.wiley.com
  • 英国鳥学会(BOU)ブログ、論文の筆頭著者による解説 (2026年9月7日):bou.org.uk
  • ケンブリッジ大学動物学部、研究成果の発表 (2026年8月14日):zoo.cam.ac.uk
  • OnlineKhabar(現地メディア・国営通信RSS配信)ハゲワシ個体数の回復を伝える記事 (2026年9月17日):english.onlinekhabar.com
  • SAVE(保全団体連合の自媒体)3種の動物用抗炎症薬の規制通知について (2026年5月5日):save-vultures.org
  • The Kathmandu Post(現地紙)3種の動物用鎮痛薬の禁止を伝える記事 (2026年4月29日):kathmandupost.com
  • Khabarhub(現地メディア)ジャタユ・レストランの現況 (2026年7月16日):english.khabarhub.com
  • Khabarhub(現地メディア)ジャタユ・レストランの入場料と運営資金 (2023年4月4日):english.khabarhub.com
  • Mongabay(環境メディア)ネパールのハゲワシ給餌場と住民調査 (2019年9月):news.mongabay.com
  • PANORAMA(実施団体BCNによる事例報告・自媒体扱い)「The Vulture's return; Community managed vulture safe zones in Nepal」(最終更新2020年10月5日):panorama.solutions
  • Dialogue Earth(環境メディア)チトワン国立公園と緩衝帯の歴史に関する調査報道 (2021年7月2日):dialogue.earth
  • The Hans India(IANS通信配信)2026年8月の洪水の被害集計 (2026年10月5日):thehansindia.com
  • The Kathmandu Post(現地紙)ラスワ洪水の原因と気候変動との関係 (2026年8月28日):kathmandupost.com
  • The Kathmandu Post(現地紙)「What we know so far about the damage caused by Budhi Gandaki floods」(2026年10月11日):kathmandupost.com
  • Radio Nepal(国営放送・RSS配信)ブディガンダキ川の洪水の被害状況 (2026年10月11日):radionepalonline.com
  • 環境省 報道発表、エゾシカ猟における鉛弾の使用禁止について (2001年2月21日):env.go.jp
  • 環境省 検討会資料1「鳥類の鉛汚染対策の経緯と現状について」(令和6年度):env.go.jp
  • 環境省 基本指針準備会合 資料3-1「鳥類における鉛中毒防止に関する事項」(2025年11月4日):env.go.jp

関連ページ

-ネパール, 環境
-, , , ,