大西洋に浮かぶ島国カーボベルデ。その東端のボアビスタ島では、6月から10月の夜、赤いライトを頭につけた巡視員たちが砂浜を歩き続けています。産卵に上がってくるアカウミガメを数え、密猟者を寄せつけないためです。巡視員の中には、かつて同じ浜でウミガメを捕っていた人たちがいます。
2026年、この島の27年分の観察記録をまとめた論文が、学術誌『Biological Conservation』に掲載されました。産卵活動は80倍に増え、カーボベルデは世界有数のアカウミガメの産卵地になったと見られています。観光と保全がうまく噛み合った成功例に見えます。けれど記録を読み込むと、回復を支えたものはもっと多層で、観光そのものが新しい重荷にもなりつつありました。
「80倍」が意味するもの、意味しないもの
論文は、地元の保全団体「カーボベルデ・ナチュラ2000」(CVN2)が1998年から2024年まで続けてきた標準化された産卵調査のデータを、サウジアラビアのアブドラ王立科学技術大学(KAUST)の研究者らと分析したものです。CVN2は1998年にスペインの動物学者が創設し、いまは職員の9割をカーボベルデの人々が占めています。論文の謝辞は、調査を担ってきた多くのボランティアや現地のモニターに加え、いま監視を率いて支えている地元の職員たちに謝意を記しています。
この期間に標識をつけた産卵雌は4万7,497頭。1シーズンに記録された雌は、2001年の500頭未満から、2021年には8,000頭を超えました。年間の産卵活動は80倍に増え、主要な浜では1kmあたり2万2,000巣を超える密度に達したと論文は報告しています。
ただし、この数字は島全体の値ではありません。調査は島の南東岸の3〜15kmの浜で行われ、年によって調査した長さが異なります。「80倍」は主要な浜での産卵活動の伸びであり、カーボベルデのアカウミガメ全体が80倍になったという意味ではありません。それでも、毎晩の記録を27年間途切れずに続けたこと自体が、この回復を確かめる唯一の方法でした。アカウミガメは成熟に数十年かかるため、研究に関わっていない米国の専門家は、調査開始時に生まれた個体が繁殖年齢に達したのは2013〜14年ごろだと指摘しています。巡視隊が、一晩に出会う雌の数がそれまでの5〜10頭から20〜30頭に増えたことに気づいたのは2018年でした。
論文はもう一つ、産卵に来る雌の体と一度に産む卵の数が小さくなっていることを示しました。著者らはこれを、初めて産卵する若い雌が加わった回復の兆しと解釈しています。ただしこれは著者の解釈で、餌の状態など別の要因が関わっている可能性も残ります。
何が効いたのか ― 重なり合ったいくつもの層
論文の著者らは、回復の要因を一つに絞っていません。数十年にわたる国の保護と、生息地の保護、密猟の取り締まり、ふ化場、地域の関わりの積み重ねと「整合する」としています。報道と関連研究を合わせると、いくつかの層が見えてきます。
一つめは法律です。カーボベルデは1987年に、産卵期のウミガメの捕獲を禁じる最初の法律をつくりました。2018年には新しい法律が施行され、殺すことに加えて、買う、売る、運ぶ、輸出する、食べることまでが犯罪になりました。政府の発表によれば、産卵に来た雌が捕獲される割合は2015年の8.25%から2020年には1.54%に下がり、法律ができた2018年は1.19%でした。
二つめは、毎晩の巡視と、そこで生まれた仕事です。保全団体は、かつてウミガメを捕っていた人を十数人、巡視員として雇ってきました。その一人、ロニ・ラモスさんは、昔は家族に食べさせるためにウミガメを捕っていたと語っています。島の人にとってウミガメの肉はありふれた食べ物で、ただで食卓に上るものでした。保全で暮らしを立てられるとは思いもしなかった、と振り返っています。いまは浜のキャンプで仲間をまとめ、繁忙期には毎晩少なくとも4kmを歩くと報じられています。2018年からは、犬と赤外線ドローンを使ったチームも巡視に加わりました。
三つめは観光です。2013〜2016年にボアビスタ島で行われた許可制のウミガメ観察には4,942人が参加し、年平均で28万9,000ドルを超える直接収入と、250人を超える雇用を生んだと査読論文は報告しています。同じ研究は、観察ツアーが訪れる浜では密猟が大きく減った一方、ツアーの来ない浜では密猟がなお深刻な脅威だと記しています。人の目と、ウミガメが生きていることで得られる収入が、浜を守る力になっていたのです。
四つめは、時間です。法律も巡視も観光も、一度きりでは効きません。ゆっくり育つ生き物の時間に合わせて、二十数年、途切れずに続いたことが、どの層にも共通しています。
観光の外に置かれた人々 ― 回復の影
観光は保全を支えました。けれど、その恩恵が島の人々に届いているかは別の問題です。島で活動するタートル財団は2024年9月、観察ツアーの客が前例のない数に増え、夜の浜にピックアップトラックで乗り入れて産卵中の雌に近づく例が相次いだと報告しました。定員は大きく超過し、許可の管理も追いつかなかったといいます。財団は、ツアーの収入の大半が大手の国際観光業者に流れて国内に残らず、合法的に関われている地元の人は運転手などごく一部だと指摘しています。
浜の外にも課題は残ります。保全団体の関係者によれば、密猟者は罰金をほとんど払わず、捕まっても戻ってくることが多いといいます。肉の需要の一部は、休暇で帰省する海外移住者から生まれているとの証言もあり、現地の生物学者は、いまの密猟の動機が貧困だけかどうかに疑問を呈しています。浜から離れた海では、漁業者によるウミガメの捕獲が2008〜2019年に横ばいで、市場価格はむしろ上がったとする研究も報じられています。
論文の著者ら自身も、この回復はもろいと書いています。産卵が一つの島に極端に集中しているため、生息地の喪失、海面上昇、異常気象、沿岸開発といった攪乱に弱いのです。ウミガメは卵の温度で性別が決まり、温度が高いと雌が多く生まれます。砂の温度上昇が、長い目で見た回復を左右しかねないと研究者たちは懸念しています。
日本の浜との違い、通じるもの ― 屋久島・永田浜
アカウミガメは、日本の読者にとっても遠い生き物ではありません。北太平洋でアカウミガメが産卵する場所は日本の砂浜しかなく、なかでも屋久島の永田浜には、国内の上陸数の30〜40%が集まります。
ただし、置かれた条件は大きく違います。環境省が全国32か所で続けている調査では、2025年のアカウミガメの産卵回数は709回で、2018年以降は年600〜1,000回の範囲に収まり、継続的な増減は見られません。一方で南西諸島と四国は減少傾向です。日本で懸念されているのは浜での密猟ではなく、砂浜の侵食と、砂の温度の上昇です。2025年は伊豆諸島と愛知県田原市で、胚の発生に悪影響が出始める31.6℃や、死亡の危険が高まる33℃を超える時間が多く観測され、卵の発生が阻害された可能性が高いとされました。カーボベルデで効いた「浜での密猟を止める」という手は、日本の主な課題には当たりません。
それでも、通じるものがあります。浜にウミガメを見に来る人と、ウミガメの暮らしをどう折り合わせるか、という問いです。永田浜では観察者の急増を受けて、鹿児島県、屋久島町、有識者、地域住民、NPOなどでつくる検討会が、2009年に地域ルールを定めました。「光は消して」「ウミガメには触らないで」「観察会や夜間開館終了後は浜に立ち入らないで」といった項目が並び、産卵期の夜の観察は、地元の団体が運営する予約制の観察会に限られています。
この仕組みにも悩みがありました。屋久島町の資料は、ルールが「法的根拠のない任意のルール」であること、浜への立ち入りを制限すれば入浜権を侵すおそれがあること、協力金を集める法的根拠がなく使い道も公開されていないことを課題に挙げています。そのうえで、エコツーリズム推進法や地域自然資産法を使って、立ち入りの制限や入域料を法律の裏づけのある仕組みにする方向が示されていました。
カーボベルデでは観光の収入の多くが島の外に流れ、屋久島では集めたお金の根拠と行き先が問われました。どちらも、浜の使い方を誰が決め、そこで生まれるお金を誰が受け取り、どう公開するのか、という同じ問いに向き合っています。どちらかが正解というわけではありません。ウミガメが戻る浜を守る仕組みは、ウミガメの数だけでなく、浜に暮らす人々の納得の上に立っています。
祈りによせて
かつてウミガメを食卓に運んでいた手が、いまは夜の浜で卵の数を記録しています。それは誰かに説得された結果だけではなく、法律が変わり、仕事が生まれ、人の目が増え、そして二十数年の時間が流れた結果でした。回復はまだもろく、恵みは島の人々に十分に届いていません。それでも、一つの浜を守り続けた積み重ねが、大西洋を回遊するウミガメたちの未来を少しずつ変えてきました。
ボアビスタの浜を歩く人々の夜が、いつかその人たち自身の暮らしをもっと豊かにするものになりますように。そして屋久島の浜でも、カーボベルデの浜でも、海へ向かう小さな命と、浜に暮らす人々の営みが、ともに守られていきますように。
カーボベルデの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。
→ カーボベルデのために祈る | 祈りのワールドツアー
カーボベルデが平和でありますように
参考・引用元
- Roch et al.「Decades of conservation and monitoring reveal population recovery in a globally important loggerhead rookery」Biological Conservation 317(2026年5月・査読論文):doi.org
- Mongabay「Teeming with turtles: Cabo Verde island sees 80-fold increase in nesting loggerheads」(2026年6月):news.mongabay.com
- Mongabay「Former poachers guard Cabo Verde's endangered sea turtles」(2025年8月):news.mongabay.com
- Marco et al.「Risk assessment of wildlife-watching tourism in an important endangered loggerhead turtle rookery」Endangered Species Research 45(2021年・査読論文):int-res.com
- RTP(ポルトガル公共放送・Lusa通信配信)「Cabo Verde com recorde de quase 200.000 ninhos de tartarugas em 2020」(2021年3月):rtp.pt
- Turtle Foundation「Excessive tourism on the nesting beaches」(2024年9月・現地で活動する保全団体の自媒体):turtle-foundation.org
- 環境省 生物多様性センター「2025年度 モニタリングサイト1000 ウミガメ類調査報告書」(2026年3月):biodic.go.jp
- 環境省 屋久島世界遺産センター「屋久島のウミガメ」:env.go.jp
- 環境省「屋久島永田浜ウミガメ観察ルールについて」(2009年5月):env.go.jp
- 屋久島町 環境政策課「永田浜のこれから」(永田浜ウミガメ保全協議会資料):env.go.jp
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