インド北部、ヒマラヤ山麓のウッタラーカンド州テーリ県。標高2,000メートルを超える段々畑の村で、女性たちが旅行者を森へ案内している。どの木に鳥が来るか、どの泉が涸れ、どこで水がまた湧き始めたか。そうした知識は、長いあいだ「家の手伝い」の一部として、お金にならないまま受け継がれてきた。
案内役の女性の多くは、自分が耕す畑の名義を持っていない。土地の書類に名前があるのは、出稼ぎで村を離れた夫であることが多い。それでも女性たちは、自分たちの知識を仕事に変える道を見つけた。この記事は、その道のりと、まだ変わっていないものの両方をたどる。
畑を耕すのは女性、名義は男性
テーリ県チャンバ地区の村々では、男性の多くが仕事を求めて都市へ出ている。州の委員会の2020年の報告によれば、テーリ県から10年間で約7万2,000人が一時的に、約1万9,000人が恒久的に村を離れた。残った女性たちが段々畑を耕し、家畜を世話し、水を運ぶ。
けれども、畑の名義はたいてい夫のままだ。環境誌Down To Earthが2026年1月に取材したチョプディヤル村では、畑の作付けを日々決めているある女性の土地も夫の名義で、国の農家支援金は夫の口座に振り込まれていた。村で土地の書類に名前が載っている女性は、夫を亡くしたあとに名義を移した1人だけだったという。支援団体の担当者は、村の女性で農業融資用のカードを自分の名義で持つ人はいないと話している。
州の農家支援金の受給者のうち、女性はおよそ16%にとどまる。ウッタラーカンド州は2021年、妻に夫の祖先の土地の共同所有権を認める法改正を行った。インドで初めての法律で、州政府は約350万人の女性に及ぶと見積もっている。ただ、取材が行われた村では、名義はまだ夫のままだった。法律が届いたことと、書類の名前が変わることのあいだには、まだ距離がある。
自助グループから、女性の協同組合へ
この地域の女性たちは、まず小さな自助グループをつくった。少額の貯金を出し合い、互いに貸し借りする集まりである。やがて70を超えるグループの700人以上が集まり、「ヒム・ヴィカス」という名の女性の協同組合ができた。独立系のジェンダー報道メディアBehanBoxは、組合員を約1,000人、設立を2012年としている。組合は雑穀や豆、乳製品を共同で売り、種や農業資材の窓口も運営している。
この組合は、インドの大手財閥系の慈善団体タタ財団が「育成した」と自ら説明している。財団の関連団体で、ウッタラーカンド州の州都デヘラードゥーンに本拠を置く非営利団体ヒモッタン協会が、立ち上げから運営の実務までを支えてきた。財団の発信で組合のマネージャーとして紹介される人物は、別の報道では協会の職員として登場する。
学校の子どもたちを迎えた日から
転機は2018年だった。デヘラードゥーンや近くの避暑地ムスーリーの学校が、農村体験の行き先として、ジャディパニ村などの組合の村を選ぶようになった。女性たちは生徒を家に泊め、畑仕事や家畜の世話を見せ、郷土料理をふるまい、昔話を語った。11月には、初めての大きな団体を迎えている。
タタ財団の発信によれば、この年度、観光の収入は組合全体の売り上げの約7%だった。観光収入の6〜7割は、受け入れを担った自助グループに渡る仕組みにした。参加した女性の一人は、グループでやればうまくいく見込みが高いと分かっていた、と振り返ったという。都会の人と対等に話せるようになった、と語った女性もいる。いずれも財団自身の発信による紹介である。
2021年11月からは、タタ財団と、インドのオンライン旅行大手MakeMyTripの社会貢献部門であるMakeMyTrip財団が資金を出し、ヒモッタン協会が実施する「コミュニティ・ベース・ツーリズム」事業が始まった。女性たちは2か月の研修でガイドともてなしの技術を学んだ。ガイドになったある57歳の女性は、最初は自分の名前も書けなかったのに、客を案内するための英語の単語を覚えなければならず怖かった、と振り返っている(財団の発信による)。
「知識を仕事にした」
2023年には、ヒモッタン協会の支援でガイドの集まりができ、4つの村の女性9人が案内役を務めるようになった。森の鳥の声を聞かせ、使われなくなった古い建物の歴史を語り、村の泉や畑を案内する。2025年3月までに5つの道筋で65回のツアーを行い、収入は10万ルピーを超えた。ジャディパニ村の共同運営のカフェ「ナトゥリ・カフェ」は、2023年からの累計で53万5,000ルピーを稼いでいる(Down To Earth、2025年5月)。
BehanBoxの2026年6月の取材によれば、組合を通じて開かれた民泊は4年で17軒になった。民泊の年収は2万〜8万ルピーと見積もられ、組合の紹介で来た客の場合は宿泊料の2割を組合に納める。組合の昨年の利益は約40万ルピーで、女性組合員に分配された。ガイドの報酬は1回300ルピーである。
自分名義の土地を持つ数少ない女性の一人で、ガイドを務めるラクシュミ・デヴィさん(58)は、BehanBoxに対し、自分たちは畑も泉も村の道も森の小道も知っている、その知識を仕事に変えたのだ、と語っている。カフェで料理と管理を担うスロチャナさんは月に約8,000ルピーの給料を得ながら、借りた畑も耕し続けている。権利があろうとなかろうと、この土地を離れることはできない、と話したという。
シルコティ村のヴィムラさん(56)は、2部屋の民泊を営みながら段々畑を耕す。雨の降り方が変わったので小麦を減らした、と話す。20年ほど前に村の泉が涸れてからは、20リットルの水を1日に25回も運び上げたこともあったという。いま村では、溝を掘り雨水を地下にしみ込ませて泉をよみがえらせる取り組みが進み、水を使う家族が月100ルピーずつ出し合って、維持と水番の給料に充てている。
ガイドの一人は、村の若い世代がガイドになりたいと言い始めたと語っている(Down To Earth)。都市へ出ることだけが仕事への道ではない、という選択肢が村の中に生まれつつある。
どこまでが支援で、どこからが女性たちのものか
この物語を、外からの支援を抜きに語ることはできない。民泊の改修費は8割をヒモッタン協会が出し、地域の負担は2割だった。村の水槽の建設も協会が資金を出している。協同組合は財団が育成したもので、運営の実務にも協会の職員が深く関わっている。観光の事業は、旅行会社の財団の資金でも支えられている。組合全体の収入のうち補助金や助成がどれだけを占めるのか、事業の資金が終わったあと民泊やガイドの仕事がどう続くのかは、公開されている資料からは確認できなかった。予約がどの経路で入るのかも分からない。
一方で、女性たちの手元に残るものも見えている。民泊の宿泊料の大半は泊めた家に入り、組合の利益は組合員に分配される。観光は2018年度の時点で売り上げの1割に満たなかった。その後割合は増えたとされるが、最新の内訳は公表されていない。担当者は、観光は女性たちの本来の仕事を補うもので妨げるものではない、と説明している。どの作物を減らし、どの道を客に見せるかを決めているのは、畑と森を知る女性たち自身である。
州の制度も動いている。2026年5月の改定で、8〜10軒の民泊を登録団体がまとめて運営する「コミュニティ・ツーリズム」の枠が初めて設けられ、まとまった助成も検討されている。協同組合として登録された女性たちの組織が、外部の事業から州の制度へと足場を移せるかどうかは、これからの問いになる。
影も書いておきたい。客を泊められる家を持つ女性と持たない女性、道路沿いの村と奥の村では、受け取れるものに差が出る。観光が自然を傷つけるおそれは、事業の担当者自身が指摘している。カーストによる違いがあるのかどうかは、今回確認できた報道には書かれていなかった。そして何より、知識が収入になっても、畑の名義は変わっていない。
日本の読者へ ― 名前の出ない働き手
日本では、土地の相続に男女の差は法律上ない。条件はまったく違う。それでも、農業で働く女性の名前が経営の表に出にくいという点では、重なるところがある。農林水産省の白書によれば、2023年度に認定農業者に占める女性の割合は5.4%だった。家族の中で働き方や報酬、経営への参画を取り決める「家族経営協定」を結んでいる農家は、2024年時点で5万9,587戸にとどまる。
名義や肩書きがなくても、田畑を支えている人がいる。ヒマラヤの村の女性たちの物語は、その人たちを数えることから始まっている。
祈りによせて
泉の場所、鳥の来る木、雨の変わり方。書類には残らないその知識が、ようやく対価を生み始めた。きっかけをつくったのは外からの支援かもしれない。けれども、道を選び、客を迎え、畑を守り続けてきたのは女性たち自身だ。そのことを喜びながら、畑の名義に女性たちの名前が載る日が来ることを、そしてその日を支援が去ったあとも迎えられることを願いたい。
山の村で土を耕し、水を運び、旅人を迎えるすべての人の働きが、正当に報われますように。
インドの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。
→ インドのために祈る | 祈りのワールドツアー
インドが平和でありますように
参考・引用元
- BehanBox(独立系ジェンダー報道メディア)「A Women Farmers Collective Is Hosting Change in Himalayan Villages」(2026年6月4日):behanbox.com
- Down To Earth(環境誌)チャンバ地区の女性ガイドについての記事 (2025年5月3日):downtoearth.org.in
- Down To Earth(環境誌)「Land is power—and India's women are still denied it」(2026年1月16日):downtoearth.org.in
- Down To Earth(環境誌)インドの女性農家と土地所有についての記事 (2026年9月1日):downtoearth.org.in
- ETV Bharat(インドの放送局)ウッタラーカンド州の民泊制度改定についての記事 (2026年5月20日):etvbharat.com
- タタ財団(支援団体の自媒体)ジャディパニ村の観光事業についての記事 (2020年8月31日):tatatrusts.org
- タタ財団(支援団体の自媒体)広報誌Horizons、ジャディパニ村の女性と観光についての記事 (2020年4月):horizons.tatatrusts.org
- タタ財団(支援団体の自媒体)「Women at the heart of regenerative tourism」(2025年12月8日):tatatrusts.org
- 農林水産省『令和6年度 食料・農業・農村白書』女性農業者の活動促進:maff.go.jp
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