エーゲ海の中ほど、キクラデス諸島のアモルゴス島。この島の漁師たちは、毎年4月と5月、自分たちで決めて漁を休んできました。魚が卵を産む季節です。漁に出ない日は船で北の海岸を回り、打ち上げられたプラスチックや漁具を集めました。その決まりは2025年、ギリシャの法令になりました。ただ、最初に書いておかなければならないことがあります。この禁漁で海が戻ったかどうかは、まだ誰にもわかっていません。
網にかかるのは、魚よりプラスチック
アモルゴスの漁は、刺し網や延縄を使う小さな船の漁です。島の職業漁師組合「ホゾヴィオティッサ」には約40人が加わっています。組合長のミハリス・クロスマン氏によれば、漁獲の落ち込みがはっきりしてきたのは2010年ごろです。網を上げると魚よりプラスチックのほうが多いことさえあり、収入も細っていったと報じられています。2014年には、EUの漁獲削減策のもとで補償金を受け取り、免許を返して船を解体した漁師もいました。
島の漁師の一人は、20年前と比べて魚は9割減ったと語ったと報じられています。ただしこれは漁師の実感であって、資源を測った数字ではありません。この記事では、この「9割」を事実としては扱いません。
自分たちで漁を止め、12年かけて法令にした
2013年、組合はスペインで開かれた小規模漁業者の会議に参加し、同じ問題に向き合っている地域がほかにもあること、手立てがあることを知りました。2019年には、ドイツ人の芸術家で科学者のフロリアン・ライヒェ氏とともに「アモルゴラマ」という取り組みを立ち上げます。はじめの資金はクラウドファンディングでした。その後、英国の慈善団体キクラデス保全基金と、英国の海洋保全団体ブルー・マリン財団が支援に加わりました。
中身は二つです。一つは、産卵期の4月と5月に、島の周りで漁を止めること。もう一つは、島の三つの海域を、一年を通して漁をしない場所にすることです。漁を休む期間は、船で北岸の海ごみを回収しました。2021〜22年だけで、大袋1,200袋を超えるごみを集め、15トンを超えるプラスチックをリサイクルに回したとされています。
道のりは平坦ではありませんでした。漁師たちが禁漁区を提案したとき、所管の省は一度、それを退けています。転機は、組合と町、国の省庁、二つの支援団体、アテネ農業大学が覚書を結び、大学が科学的な調査に取りかかったことでした。調査の費用は二つの支援団体が出しました。
2025年8月、大統領令73/2025が公布され、同年11月に発効しました。島の沿岸から1.5海里(約2.8キロ)以内では、毎年4月1日から5月31日まで、職業漁も遊漁も禁止されます。カタポラ湾と、グラムヴサ、ニクリアの二つの小島の周りは、一年を通して全面禁漁です。漁を続ける船には、衛星による位置の追跡と電子の操業記録が義務づけられました。期間はまず5年。経済・社会・生物のデータを集めて効果を評価する設計です。
「効果はまだわからない」と書く理由
アテネ農業大学などの研究者は2026年8月、この取り組みについての論文を学術誌『Marine Policy』に発表しました。2022年9月から1年間、刺し網と延縄で54回の試験操業を行い、123種・3,181匹の魚介類を記録しています。島で現役の漁船21隻すべてへの聞き取りも行いました。
ただ、この調査は禁漁が始まる前の「基準値」を取るためのものです。禁漁候補区域の内と外で、魚の量の差は統計的にははっきりしませんでした。著者たち自身が、この調査は回復や保全の効果を示せる設計ではないと明記しています。法令は2025年11月に発効したばかりで、翌2026年の春が、法令のもとでの最初の禁漁期でした。答えが出るのは、まだ先です。
漁を止めた海は、どうなったか ― アドリア海のヤブカ海盆
では、ほかの海で漁を止めたとき、何が起きたのか。参考になる例が、ギリシャの北西、アドリア海にあります。イタリアとクロアチアのあいだ、水深200メートル前後まで落ち込むヤブカ海盆(イタリア側の呼び名はポモ海盆)です。ヨーロッパアカザエビ(スカンピ)の漁場で、メルルーサ(ヘイク)の稚魚が育つ場所でもあります。両国の底引き網漁が入り、資源は大きく減っていました。
2015年に一部で底引き網の規制が始まり、規制の範囲は何度か変わりました。2017年に地中海漁業委員会(GFCM)が禁漁区の設置を決め、2018年から運用が始まっています。中心部は全面禁漁、周辺の二つの区域は、許可を受けた船だけが決められた日数だけ漁をできる仕組みです。
結果は、二つの異なる調査に表れています。一つは、イタリアとクロアチアの研究者が2022年に学術誌『PLOS ONE』に発表した論文です。水深や酸素、塩分といった環境の影響を統計的に取り除いたうえで、2012〜2019年のアカザエビの調査データを比べています。全面禁漁の場所では、漁が許された場所より、単位あたりの漁獲量が重さで93%、個体数で105%多く、年を追って増える傾向がありました。一方、漁を続けた場所では減る傾向でした。注目したいのは、操業を「制限しただけ」の区域では、横ばいにとどまったことです。
もう一つは、クロアチア農業省の委託でスプリト海洋水産研究所がまとめた監視報告(2025年)です。全面禁漁区のアカザエビの資源量の指標は、2014年の1平方キロあたり約5キロから、2022年には約160キロへと、毎年増え続けていました。報告書は「禁漁の好影響は目に見えている」と結論づけています。二つの調査は方法も期間も違うため、数字を直接つなげることはできません。それでも、どちらも同じ方向を指しています。
漁師たちの受け止めも変わりました。クロアチアの報道によれば、漁師たちは当初、規制に懐疑的か反対でしたが、資源が戻るのを見て、多くが支持する側に回ったといいます。
ただし、ヤブカの回復も一様ではありません。同じ監視報告は、2024年に禁漁区内の指標が下がったと記しています。調査船の故障で調査が8月にずれ込み、記録的な暑さとも重なったため、「2024年のデータは慎重に扱うべきだ」としています。イカやタコの仲間は、海盆全体で減少傾向が続いています。研究所の専門家は2022年、資源はまだ獲りすぎの状態にあるが、10〜15年前よりは良くなったと話していました。
ヤブカの成功は、アモルゴスの成功を約束しない
二つの海は、条件がまるで違います。ヤブカは沖合の深い海盆で、大型の底引き網船が相手でした。アモルゴスは島の沿岸で、21隻の小さな船が刺し網と延縄で漁をしています。対象となる魚も、海底の様子も違います。ヤブカで資源が戻ったからといって、アモルゴスでも同じことが起きるとは言えません。
決め方も違います。ヤブカの禁漁区は、環境団体や研究機関が提案し、国際機関が決めたもので、漁師たちはあとから納得していきました。アモルゴスでは、漁師たち自身が先に漁を止め、国があとから法令でそれを追いかけました。言えるのは、漁を止めた海で資源が実際に戻った例が、同じ地中海にあるということです。そしてヤブカでは、「制限するだけ」では足りず、全面的に止めた場所で回復が見えました。アモルゴスの漁師たちは、その全面禁漁を自分たちで選んだことになります。
補償のない禁漁と、守り切れるかという問い
この選択には代償があります。先の論文の試算では、規制による短期の損失は1隻あたり年約4,355ユーロ、島の船団全体で約9万1,500ユーロにのぼります。法令には、禁漁期間中の補償の定めがありません。クロスマン氏は、補償がなければ漁師は誰も生き残れないと訴えたと報じられています。
守る側の課題もあります。島の北側の海は強い北風にさらされ、巡視船が近づきにくい日が多いと指摘されています。島の外から来る船や遊漁、記録されない漁がどれだけあるかは、先の論文でも測れていません。取り組みが少数の支援団体と一つの覚書に支えられていることも、著者たちは弱点として挙げています。
祈りによせて
海の資源が減るとき、漁師は真っ先に疑われる側に置かれがちです。けれどもアモルゴスでは、海の異変にいちばん早く気づいた漁師たちが、自分たちの収入を削って最初の一歩を踏み出しました。国の法令は、その後を追いかけてきたにすぎません。
その賭けが報われるかどうかは、5年後の調査を待たなければわかりません。アドリア海の向こうで、漁を止めた海に生き物が戻りはじめたことは、確かな希望です。けれども、その希望に寄りかからず、アモルゴスの海が出す答えを静かに待ちたいと思います。次の世代にも網を下ろせる海であるように。そして漁を休む春を、漁師たちが暮らしを失わずに越えられるように。祈りを捧げます。
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参考・引用元
- Kalogirou ほか「Fisher-led ecological monitoring for adaptive FRA design and OECM-relevant governance: The AMORGORAMA case in the Aegean Sea」Marine Policy (2026年8月・査読論文):sciencedirect.com
- Greek News Agenda「Amorgorama: A Greek Fisher-Led Initiative Setting a New Standard in Marine Conservation」(2025年7月17日・ギリシャ政府系の情報発信媒体):greeknewsagenda.gr
- To Vima「No fisherman can imagine the sea empty」(ギリシャの全国紙・英語版):tovima.com
- ICSF(Kathimerini記事の転載)「The pioneering fishermen of the Greek island of Amorgos」:icsf.net
- Naxos Press「Αμοργός: Τι αλλάζει στην αλιεία με το Π.Δ. 73/2025」(2025年9月18日・地元紙):naxospress.gr
- Greek Herald「Amorgos enacts historic fishing ban after 90% stock decline」(2025年7月4日):greekherald.com.au
- Chiarini ほか「Accounting for environmental and fishery management factors when standardizing CPUE data from a scientific survey: A case study for Nephrops norvegicus in the Pomo Pits area」PLOS ONE (2022年7月14日・査読論文):journals.plos.org
- スプリト海洋水産研究所「Monitoring utjecaja ribarstva na zaštićeno ribolovno područje u Jabučkoj kotlini 2022.–2024.」(2025年・クロアチア農業省の委託報告):podaci.ribarstvo.hr
- tportal「Škampi i oslići opet masovno plivaju sredinom Jadrana」(2021年10月25日・クロアチアのニュースサイト):tportal.hr
- Eurofish「Restricting fisheries in the Jabuka Pit has had multiple positive impacts」(2022年8月1日):eurofish.dk
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