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ナイジェリア・カム語の記録 ― 文字のない言葉を、村の14人が自分たちで録った

ナイジェリア東部、タラバ州バリ地方。29の村で話されている言葉があります。外の人は「カム語」と呼びます。話し手は推定8,000〜1万1,000人。文字はなく、10年前まで辞書も録音もありませんでした。いま、その言葉の300件を超える録音が、誰でも聞ける形でベルリンのアーカイブに収められています。録ったのは、外から来た研究者ではなく、村の人たち自身です。

サバンナの丘の村を背景に、ござの上に置かれた録音機とノート
ナイジェリア東部の丘陵の村(イメージ) AI生成

「カム」は、自分たちの呼び名ではない

最初に、名前のことを書いておきます。「カム」は由来のわからない他称です。話し手たちは自分たちを「ニー・ンウォム(ɲí ŋwɔ̀m)」、自分たちの言葉と文化を「アンウォム(àŋwɔ̀m)」と呼びます。この記事では、読者が調べやすいように「カム語」と書きますが、それが外からの名前であることは覚えておいてください。

ナイジェリアには500を超える言語があります。カム語は、アフリカ最大の言語グループであるニジェール・コンゴ語族(約1,500言語)の中でも、近い親戚の見当たらない孤立した位置にあるとされます。もう一つ、先に書いておくべきことがあります。カム語は「消えかけた言語」ではありません。この言語を研究してきたベルリン・フンボルト大学の言語学者ヤコブ・レサージュ氏は、「カム語はいまも盛んに話されていて、危機にあるわけではない。ただ、この地域の多くの言語と同じように、強い圧力の下にある」と語っています。

研究者のノートから、住民の録音機へ

レサージュ氏が初めて村を訪ねたのは2016年です。その後の数年で文法の全体像(2020年、パリの国立東洋言語文化学院に提出した博士論文)と辞書(2021年)がまとまりました。ここまでは、研究者が聞き取り、研究者が書く、従来型の言語研究です。

転機は、意外なところからやってきました。新型コロナウイルスの流行で、現地へ行けなくなったのです。2021年3月、英国の慈善財団アルカディアを原資とする「絶滅危機言語記録プログラム(ELDP)」の助成(16万1,066ポンド)を受けて始まった第2段階は、遠隔で進めるしかありませんでした。録音機材は大学が現地で調達できず、レサージュ氏がドイツで購入し、行き来する人に託して村へ運びました。村のインターネットは不安定なため、データは州都ジャリンゴにいる人を経由して送られたと報じられています。

機材の使い方を教えたのは、近隣の別の言語共同体で自分たちの言葉を記録してきたエリシャ・ユナナ氏です。カムの伝統的な首長も、事業への関心を村々に広げる役を担いました。こうして、住民14人が録音と文字起こしの技術を身につけていきました。文字のない言語を書き起こすのは簡単ではありません。統一された書き方もないなかで、レサージュ氏は「いちばんうまくいったのは、話し手の感覚を信頼することだった」と振り返っています。

チームのコーディネーターを務めたババンギダ・アウドゥ氏は、参加した理由をこう語っています。「自分の言葉を前に進めたかったから」。

住民が録ると、何が変わったか

住民の記録者たちは、自分たちの生活の時間に合わせて録音しました。長老が語る村の歴史、昔話や歌、畑仕事、日々の会話。カメラを手に自分の村を歩き、案内しながら語る映像もあります。地面に座って話すときの身ぶりの使い方まで、記録の対象になりました。

成果は、録音・録画300件超、計55時間です。助成の計画段階で掲げた目標は50時間でした。大学の発表によれば、レサージュ氏は、住民が主導した段階のほうが、研究者が主導した段階より多く、しかも豊かな資料を生んだと認めています。外から来た研究者には聞けない話、入れない場面があったということでしょう。

2026年3月31日、村で事業の完成を報告する集まりが開かれ、約500人が集まったと伝えられています。同じ年には、カム語と地域のウェブサイトも立ち上がりました。録音は、ベルリン・ブランデンブルク科学アカデミーの絶滅危機言語アーカイブで誰でも聞くことができます。レサージュ氏は、自分の目標を「共同体が本当の意味で所有できる作業の流れをつくること」だと語っています。

録音は、継承ではない

ここからは、この取り組みがまだ届いていないところを書きます。

まず、家庭の言葉です。レサージュ氏らの研究をまとめたフランス国立科学研究センター系の研究機関の資料には、カムの人々の大半はいまもカム語を話し、奥まった村ほどその傾向が強いと書かれています。けれども同じ資料は、「多くの親は子どもにハウサ語だけで話す」とも記しています。ハウサ語は北部ナイジェリアの共通語です。町へ移り住む人が増え、暮らしがハウサ語を求めるほど、家の中の言葉も変わっていきます。昔話のような伝統的な語りは、すでに若い世代へ渡らなくなっているといいます。録音は言葉を「残す」ことはできても、親が子にどの言葉で話しかけるかは、別のところで決まります。

次に、学校です。ナイジェリアでは2022年、初等教育の最初の6年間を地域の言語で教える方針が打ち出されました。しかし2025年11月に撤回され、すべての段階で英語のみが授業の言語になりました。ナイジェリア言語学会は999人の署名を集めて、特に農村や少数言語の子どもへの影響を懸念しています。一方で、数百の言語がある国では教員も教材も足りないとして撤回を支持する声もあります。いずれにしても、文字を持たないカム語が教室で使われる見通しは、いまのところありません。

そして、記録そのものの未完成さです。公開アーカイブの説明によれば、英訳まで済んでいるのは一部(約4時間分)にとどまります。録音の大半は、まだ「録った」段階です。住民の記録者に報酬が支払われていたのかどうかも、公表された資料からは確認できませんでした。話者数の推定も、調べ方によって大きく異なります。村長への聞き取りに基づく2017年の暫定値は2万〜2万5,000人、2020年の推定は8,000〜1万1,000人、助成元の資料は5,000〜1万5,000人です。これは話者が急に減ったということではなく、数え方の違いです。どれが正しいと言える段階にはまだありません。

祈りによせて

言葉が消えるのは、たいてい誰かが禁じたからではありません。暮らしの必要が、少しずつ別の言葉を選ばせていくからです。だからこそ、まだ言葉が生きているうちに、話し手自身が録音機を手に取ったことには意味があります。何を残し、誰に聞かせるかを、外の誰かではなく自分たちで決めたからです。

録られた55時間の声が、いつか家庭の中で子どもに話しかける言葉に戻っていくのか。それは、まだ誰にもわかりません。けれども、長老の語りを聞きながら録音ボタンを押した14人の手は、言葉の行く先を決める権利が自分たちの側にあることを示しています。タラバの丘の村々で続くその営みが、穏やかな日々の中で続いていくことを祈ります。

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ナイジェリアが平和でありますように

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参考・引用元

  • Global Voices「How a community-led campaign is helping save Nigeria's Kam language」(2026年8月3日・独立市民メディア):globalvoices.org
  • idw(ベルリン・フンボルト大学のプレスリリース)「Language Documentation in Nigeria」(2026年5月8日・実施機関の発表):idw-online.de
  • Endangered Languages Archive「Documentation of Kam」(記録コレクションの説明・実施者による記載):eldp.access.preservica.com
  • Arcadia / Cultural Protection「Documenting Kam」(助成元による事業情報):cultureincrisis.org
  • LLACAN(フランス国立科学研究センター系研究所)AdaGram「Kam」(研究機関の言語資料):llacan.cnrs.fr
  • マックス・プランク進化人類学研究所「Numeral Systems: Kam」(2018年・研究者の暫定データ):lingweb.eva.mpg.de
  • Global Voices「Nigeria scraps mother tongue education policy」(2025年12月11日):globalvoices.org

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