断水が続く避難所で、久しぶりに浴びる熱いシャワー。張りつめていた気持ちがふっとほどけ、思わず涙がこぼれた――2024年の能登半島地震の被災地で、そんな声が聞かれました。水道が止まった場所に、その「あたりまえ」を取り戻したのは、生活排水をその場で再生して何度も使えるようにする、日本発の小さな装置でした。
「水処理施設」を、持ち運べるサイズに
その装置を開発したのは、スタートアップのWOTA(ウォータ)です。本来は大規模な処理施設が必要だった高度な水処理を、センサーとAIによる自律制御で小型の機械に収めました。同社によると、一度使った水の98%以上を再生して循環利用でき、いわば「水処理施設を持ち運べるサイズに小型化した」ような発明です。2024年の能登半島地震では、発災から約1か月で約300台が被災地に展開され、長期断水避難所の約9割をカバーしたと報告されています。東京大学大学院の小熊久美子教授も、これほど小型で完結したシステムは海外でも例が少ないと評価します。
水道のない集落で育った、原体験
この発明の源には、一人の人物の原体験があります。WOTAの前田瑶介CEOが生まれ育った徳島県西部には、水道が整備されていない集落が多く、湧き水の冷たさや味の違いを確かめることが日常でした。決定打となったのは、大学の合格発表で上京した翌日に起きた2011年の東日本大震災です。巨大な上下水道が一瞬で機能を失う様子を目の当たりにし、水が止まったとき身近な川の水が飲めるのかも誰も分からない――都市の水が「ブラックボックス」になっていることへの違和感が、分散型への道を決めました。
「人口密度が低い地域は配管の効率が悪い。管を維持・管理しなくても、日常的に水を使えるシステムを開発した」。前田CEOのその言葉には、大きな水道を造り続けるのとは違う道を探す、という発想が貫かれています。
なぜ、いま「分散型」なのか
背景には、日本の水道が抱える静かな危機があります。給水人口が減って料金収入が細る一方、老朽化した水道管の更新費用はかさみ、過疎地ほど採算が合わなくなっています。日本は上水道を98%まで普及させた偉業を持ちますが、人口減のなか、上下水道事業には毎年およそ10兆円が投じられ、約4兆円が赤字という構造も指摘されています。そこで、配管に頼らず各戸で水を循環させる分散型に注目が集まります。政府も2025年に「上下水道の分散型システムの早期実用化」を掲げました。実証地の広島県竹原市の担当者は、従来の方式を続けるのは財政的に難しいと判断して手を挙げた、と語ります。WOTAの試算では、集落の管路更新と比べ約40年で給排水費を約2億円、3割近く減らせるとされます。
「魔法の箱」ではない ― コストと手間
もっとも、これは万能の魔法ではありません。災害用のシャワー一式は税別500万円ほど。動かすには電力と、雨水の補充、そしてフィルター交換などの手入れが欠かせません。フィルターは6種類あり、それぞれ交換時期が違ううえ、流す洗剤の成分しだいで消耗も早まります。離島や山あいの集落へ、こうした部材を安定して届け、交換を管理し続ける「保守の仕組み」をどう築くか――それこそが、この技術に残された最も本質的な宿題だと指摘されています。
制度の壁もあります。飲み水の安全基準は厳格で、分散型が「正式に認められた水道の代わり」になるには、長い実証とルールづくりが要ります。だからこそ大切なのは、これを既存の水道を「置き換える」ものと捉えないことです。本来めざされているのは、集約型の水道を基盤としつつ、効率の悪い地域だけを分散型で補う「ベストミックス」。便利な技術が、過疎地を公共サービスから切り捨てる口実になってはならない――その一線を見失わないことが、何より重要です。
安くなれば、世界の朗報になる
この技術が秘めるいちばん大きな可能性は、国境の外にあるのかもしれません。WOTAが掲げるのは「Water Freedom for Everyone, Everywhere(すべての人に、あらゆる場所で、水の自由を)」というスローガンです。同社によれば、水を再生するコストはすでに従来技術の約15分の1まで下がり、2026年までに水道より低コストな処理技術の確立を目標としています。前田CEOは、分散型は普及するほどコストが下がり、「やればやるほど、最終的には世界の人々の役に立てる」と語ります。
世界では、2030年に人類の約4割が水不足に直面すると予測され、開発途上国では水と衛生の問題で今も多くの子どもが命を落としています。配管を張りめぐらせる大規模な水道は、こうした地域にはなかなか届きません。だからこそ、配管のいらない小さな循環装置は、水に乏しい土地にこそ希望になり得ます。WOTAはすでにカリブ海の島国アンティグア・バーブーダ政府と水問題解決の検討で合意し、中東の乾燥地帯などからも関心が寄せられています。2021年には、英国のウィリアム王子が創設した環境賞「アースショット賞」で、日本から唯一のファイナリストに選ばれました。
ただし、海外展開はまだ計画・実証の段階です。安全基準や現地での保守体制をどう整えるかという課題は、国内以上に重くのしかかります。それでも、「水道のない場所にこそ水を」という発想が、いつか遠い国の渇いた暮らしを潤す日を、静かに手繰り寄せようとしています。
祈りによせて
水は、いのちの最も基本にあるもの。それを、どこに住む人にも、奪い合うことなく届けたい――WOTAの挑戦の根っこには、その願いがあります。大きな一本の管にすべてをつなぐのではなく、必要な場所それぞれの手元で、水が小さく循環していく。集める力ではなく、分け合い、それぞれが立っていける力。その発想は、災害に強く、過疎地にもやさしく、そして水に乏しい遠い国にも、希望の形を示すかもしれません。
蛇口をひねれば水が出る。その小さな安心を、当たり前にできない人が、世界にはまだたくさんいます。水をめぐる争いではなく、水を分かち合う知恵が、静かに広がっていきますように。
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参考・引用元
- 日経ビジネス「老いる水道の救世主か WOTA、管不要の水循環装置で維持費3割減」(2025年):business.nikkei.com
- 事業構想オンライン「WOTA株式会社 分散型水インフラで世界の水問題を変革」(2025年):projectdesign.jp
- 東京財団「未来の水ビジョン懇話会 小規模分散型水循環システムで世界の水危機を解消する」:tkfd.or.jp
- Curiosity「“人と水の、あらゆる制約をなくす”――WOTAの目指す未来の暮らし」:r100tokyo.com
- WOTA株式会社 公式サイト(製品・メンテナンス・海外展開情報):wota.co.jp