2026年の初夏、三重県伊勢市の街なかを、巨大なヒノキの用材を載せた車が、木遣り唄の声とともにゆっくりと進みました。数トンの車が地響きを立て、交差点では「どんでん」と呼ばれる豪快な方向転換を見せます。「お木曳(おきひき)」と呼ばれるこの行事は、20年に一度くり返される伊勢神宮の「式年遷宮(しきねんせんぐう)」へ向けた、長い準備の一場面です。次に神々が新しい社殿へお遷りになるのは2033年。そこへ至る8年の道のりが、いままさに動き出しています。
20年に一度、一から建て替えるという営み
式年遷宮は、20年に一度、社殿を古くからの作法のままに一から造り替え、神々の衣服や調度品も新しくして、まっさらなお宮へお遷りいただく神事です。その歴史はおよそ1300年。次は第63回にあたります。2025年5月の「山口祭(やまぐちさい)」を皮切りに、遷宮にまつわる祭事や行事は、全部で33を数えます。
幕開けとなった山口祭は、社殿の用材を伐り出す山の入口で営まれ、伐採と搬出の安全を山の神に祈る行事でした。木をいただく前に、まずその木を育てた森と山へ祈りを捧げる。自然を「使う」より先に「敬う」という姿勢が、ここには表れています。
100年かけて、森がようやく「返し始めた」
この遷宮を語るうえで、今回ぜひ知っていただきたいのが「森の時間」です。社殿に使うヒノキを、神宮は自前の森「宮域林(きゅういきりん)」で育てています。約5,500ヘクタール、伊勢市の面積のおよそ4分の1にあたる広大な森です。かつて用材はこの森から伐り出されていましたが、やがて良材が枯れ、長らく木曽(長野・岐阜)のヒノキに頼ってきました。そこで神宮は1923年、ふたたび自前の森でまかなえるようにと、200年がかりの森林経営計画を立てます。
目標は、直径1メートルのヒノキを育てること。そして、その森をヒノキだけの林にするのではなく、広葉樹も交じる「針広混交林」へと導くこと。単一の樹種を効率よく植えるのではなく、生態系ごと育てる道を選んだのです。1ヘクタールあたり4,000本もの苗木を植え、数十年おきに間伐をくり返しながら、長い時間をかけて森を整えていきます。
そして約100年。計画は、ゆっくりと実を結び始めました。前回・2013年の遷宮では、間伐材ながら、およそ700年ぶりに宮域林のヒノキが社殿の用材として使われたのです。今回の第63回では、それよりも多くを自前の森でまかなえる見込みとされます。100年育てて、森がようやく遷宮に「返し始めた」――その手応えが、いま少しずつ確かなものになっています。
森を歩くと、幹に白い線が引かれたヒノキが目に入ります。将来の用材となる見込みの木の印で、直径1メートル以上を目指す木には二重線が引かれています。神宮司庁営林部の職員約30人が、植樹や間伐に加え、盗伐や火災の警戒にもあたりながら、この森を見守り続けています。社殿の最も神聖な柱「心御柱(しんのみはしら)」が、いまもこの宮域林から伐り出されることも、森と神宮の深い結びつきを物語ります。
もっとも、森はまだ育ちきってはいません。土の層が浅く木が育ちにくい場所も多く、今回も用材の多くは依然として木曽のヒノキに支えられています。100年植え続けてなお、自前の森だけでは足りない。その事実は、長い時間をかけてしか戻らないものがある、という現実を静かに教えてくれます。
役目を終えた木は、次の祈りの場へ
遷宮には、もうひとつ美しい循環があります。20年のあいだ社殿として使われた木材は、遷宮のあと、全国の神社へと譲り渡されるのです。役目を終えた木が捨てられるのではなく、別の土地の祈りの場で、新たな生を受けて使われ続ける。「建て替え」という言葉が思わせる消費や廃棄とは、まるで逆の発想がここにあります。
あえて壊すことで、守られる技
なぜ、まだ使える社殿をわざわざ建て替えるのでしょうか。その問いへの答えのひとつが、「技の継承」です。釘を一本も使わずに木を組み上げる宮大工の技や、装束・神宝をつくる工芸の技は、文字だけでは受け継げません。20年ごとに実際に手を動かして建て替えることが、技を途切れさせず次の世代へ手渡す装置になっているのです。あえて壊し、つくり直すことで守られるものがある――効率では測れないこの逆説が、遷宮の核心にあります。
ただし、その営みは楽なものではありません。神宮は今回の費用を前回並みの約558億円程度と見込んでいますが、人件費の高騰や物価高で、伝統技術の継承にかかる経費は増え続けているとされます。受け継ぐという行為そのものに、相応の重みが伴うことも、見落とすべきではないでしょう。
市井の人々が、綱を曳く
冒頭のお木曳は、五百年以上続くとされる伊勢の民俗行事です。御用材を神域へ運び入れる作業が祭礼となったもので、2026年5月からは市民の手による曳行が本格的に始まりました。外宮へは陸路を曳く「陸曳(おかびき)」、内宮へは五十鈴川をさかのぼる「川曳(かわびき)」で運ばれ、夏には腰まで水に浸かりながら巨木を人力で運ぶ、過酷な神事も控えています。
老若男女、さまざまな世代がともに綱を握り、各団はそれぞれの飾りや構成に個性を出しながら木を運びます。20年に一度しか巡ってこないこの行事を通じて、祭りそのものが次の世代へと受け継がれていきます。森を育てる長い時間と、人と人がつながる祭りの時間が、ここで一本の綱に結ばれます。
祈りによせて
森を育て、木をいただき、技を継ぎ、役目を終えた木をまた送り出す。伊勢の遷宮は、奪い合うのではなく、育て、分かち合い、受け継いでいく営みの長い連なりです。そこに流れているのは、自然を畏れ敬い、未来の世代を信じて種を蒔くという、静かな祈りにほかなりません。
100年前に植えられた木が、いまようやく社殿に使われ始めました。次の森を植える人は、その木が使われる日に、もうこの世にいないかもしれません。それでも木を植える――すぐには実らないものを信じて続けていく姿は、平和を願う私たちの歩みとも、どこかで深く重なります。2033年へ向かう8年の道のりを、これからも見守っていきたいと思います。
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参考・引用元
- 中日新聞「自給自足息づく伊勢神宮が、200年後の森を育む」(2025年1月):chunichi.co.jp
- 伊勢神宮「永遠の森|式年遷宮」:isejingu.or.jp
- 伊勢志摩経済新聞「伊勢神宮、次期式年遷宮『遷御』を2033年秋に」(2025年):iseshima.keizai.biz
- 東海テレビNEWS「1300年の歴史…20年に1度の伊勢神宮『式年遷宮』始まる」(2025年5月):tokai-tv.com
- 伊勢御遷宮委員会「お木曳行事」:isesengu.jp