私たちが毎日ながめている画面は、たいてい「奪う」ように作られている。スクロールが止まらないショート動画、つい反応してしまう炎上、気づけば一時間が消えている。技術そのものが悪いのではない。ただ、いまの多くの仕組みは、人の注意を引きつけ、対立を煽り、少しでも長く画面に留まらせるよう最適化されている。その流れの果てに、人は考える余力を奪われ、「私たち」という感覚さえ薄れていく。けれど、同じ技術を、まったく逆向きに——人と人を「つなぐ」ために設計し直した人々がいる。台湾の物語である。
「あなたには分からない」と言われた予算書
始まりは、ひとりの技術者の小さな苛立ちだった。2012年、台湾政府が経済政策をめぐって、国民は内容をよく理解していない、という趣旨の広報を流した。プログラマーの高嘉良(カオ・チアリャン)さんは、それに納得がいかなかった。理解できないのは市民のせいではない。情報が、理解できない形で差し出されているからではないか——。
彼は仲間とともに、ささやかな、しかし象徴的な行動に出る。台湾政府の役所のサイトはドメインの末尾が「.gov.tw」で終わる。その「o」を数字の「0(ゼロ)」に置き換えた「.g0v.tw」という空間を作りはじめたのだ。これが、のちに世界の市民テクノロジー運動に影響を与えることになる「g0v(ガブ・ゼロ)」の出発点である。名前には二重の意味が込められていた。ひとつは0と1で動くデジタルの世界の符牒。そしてもうひとつが核心で、「政府の役割を、ゼロから考え直す」という宣言だった。
2012年12月、最初のハッカソン(技術者が集まって短期間で開発するイベント)に、40人あまりが集まった。彼らが最初に選んだ題材が、政府の予算書だった。当時、その予算書は500ページを超えるPDFファイルで、数字と表がびっしりと詰まり、普通の市民にはとても読み解けるものではなかった。g0vの参加者たちは、このデータを、クリックすれば「自分の税金がどこに、どれだけ使われているか」がひと目で見える対話的な図に作り替えた。「あなたには分からない」と言われた情報を、「あなたにも分かる」形へと、市民自身が変えてしまったのである。
政府を「フォークする」という発想
g0vの思想を一言で表すのが、「フォーク・ザ・ガバメント(政府をフォークする)」という言葉だ。フォークとは、オープンソースのソフト開発で使われる用語で、既存のプログラムに問題があれば、それを丸ごと複製して、自分たちの手でより良い版を書き直すことをいう。
ここが、この運動のもっとも興味深いところだ。g0vは、政府を倒そうとはしていない。ある解説はこう表現している。フォークとは転覆ではなく、「より良い可能性が存在することを証明すること」だと。政府に敵対するのではなく、その隣に“並走”し、オープンソースの協働で「行政サービスは本来こうあるべきだ」という形を作って見せる。そして市民が書き直した部分は、また政府の公式サイトへと“統合(マージ)”して返すことができる。敵対して壊すのではなく、より良い版を作って、静かに差し出す。この非敵対の姿勢こそ、この運動を長く生かしてきた土台だった。
そして、この運動の“かたち”そのものが、ひとつのメッセージになっている。g0vには、中心となる指導者がいない。誰かの指示で動く組織ではなく、独立した個人がゆるやかに集まる「非階層的」な共同体である。合言葉は、「政府は何をしてくれるのか」と問うのではなく、「自分たちでやろう」。何かに不満や課題を感じた人が、それを言い出し、賛同者を募り、自分たちの手で形にする。当初はIT技術者が中心だったが、いまではデザイナーや編集者、技術とは無縁の人々にまで輪が広がっている。参加は誰にでも開かれている。
対立を煽らない道具
この運動から、ひとつの画期的な仕組みが生まれた。「vTaiwan(ブイ・タイワン)」——市民と政府が、対立の激しい問題について合意を探るためのプラットフォームである。2014年、政府側の閣僚がg0vのハッカソンに足を運び、市民と政府の対話を促す道具の開発を呼びかけた。それに市民の技術者たちが応えて生まれた。
その最初の本格的な試みが、2015年、配車アプリ「Uber」をめぐる対立だった。Uberが台湾に上陸すると、タクシー運転手は収入が大きく減ったと訴え、利用者は正規の免許を持たない運転手の安全性を心配した。対立は膠着した。政府は、どちらか一方の側につくのではなく、この問題をvTaiwanにかけた。
ここで使われたのが「Polis(ポリス)」というオープンソースの道具だった。これがこの物語の心臓部にあたる。一見すると普通のSNSに似ているが、決定的な違いがある。Polisには「返信」ボタンがない。参加者にできるのは、自分の意見を書くことと、他人の意見に「賛成」か「反対」を投じることだけ。返信がないから、言い争いも、揚げ足取りも、炎上も起きようがない。そして人々が賛否を投じていくと、機械学習が、似た考えを持つ人々を「島」のまとまりとして地図に描き出す。さらにその地図は、対立する島と島のあいだに“橋を架ける”意見——立場の違う多くの人が、同時に賛成できる意見——を浮かび上がらせる。
普通のSNSが「声の大きい人」「対立を煽る人」を目立たせるのに対して、Polisは「分断を越える人」を目立たせる。オードリー・タンさんは、この現象をこう言い表している。「人々は、より多くの人の心をつかめる、最も練られた意見を出そうと競い合うのです」。炎上の競争ではなく、橋を架ける競争。同じSNSという技術が、設計ひとつで正反対の方向を向くことを、この道具は証明していた。
Uberの議論では、当初こそ人々は二つの陣営にくっきり分かれていた。だが対話が続くうちに、表面的な対立の底に、実は広い合意があることが見えてきた。「配車サービスは存在してよい。ただし、運転手には適切な保護が必要だ」。この合意をもとに、交通当局は規制を改め、Uberもタクシー協会も各省庁も、同じ結論にたどり着いた。2015年以降、vTaiwanは数十件の案件を扱い、その多くが実際の立法につながっていった。
合意を引き出す過程には、いくつもの工夫があった。当事者を「Uber社」や「省庁」といった組織ではなく、生身のUber運転手・タクシー運転手・利用者一人ひとりに置き換えたこと。Polis上で8割を超える賛成を得た意見だけを、次の話し合いの議題としたこと。そして、通常なら密室で行われる関係者どうしの熟議を、1,800人以上が見守るなかで生中継したこと。公開の場に置かれ、要求の背後に本物の合意があると分かったとき、各当事者は驚くほど協力的になった、とこの過程を分析した記録は伝えている。透明性そのものが、歩み寄りを促す力になったのである。
ただし、正直に書いておかねばならない。この合意は、永遠の正解ではなかった。数年後、タクシー業界の求めに応じて当局がレンタカー営業の規則を見直すと、今度は立場が反転し、Uberの側が「運転手たちの生計を脅かす」と反発する側に回った。既得権益をめぐる綱引きは、一度の合意で消えてなくなるものではない。vTaiwanが変えたのは、対立を暴力や膠着ではなく「ルールをめぐる交渉」の形に移したことであって、対立そのものを消し去ったわけではなかった。合意とは、たどり着いて終わる到達点ではなく、更新され続けるプロセスなのだ。むしろ、そのことを隠さずに見せたところに、この仕組みの誠実さがある。
72時間で生まれた地図と、名もなき手
この文化が、どれほどの底力を持つのかを世界に示した出来事がある。2020年、新型コロナウイルスの流行初期。多くの国の人々がマスクを求めて薬局の行列に並んでいたころ、台湾では別のことが起きていた。
ことの起こりは、一人の民間の技術者が、自発的にマスク在庫の地図を作りはじめたことだった。当初は市民の口コミ情報に頼る素朴なものだった。そこへ、g0vの立ち上げメンバーの一人でもあった当時のデジタル担当大臣オードリー・タンさんが、政府側との橋渡しをする。政府が全国13,000の契約薬局のマスク在庫データを、一定時間ごとに更新される「オープンデータ」として公開したのだ。すると、それを使って、台湾じゅうの技術者たちが“自発的に残業して”地図を作りはじめた。ほどなく100を超える種類のマスク地図が現れ、人々は自分の携帯電話で、最寄りの薬局にマスクが何枚残っているかを、その場で確かめられるようになった。要した時間は、わずか72時間だったという。
これは政府が企業に発注して作らせたものではない。市民が、自分たちの手で作り上げたものだった。ある記録は、これを「政府の功績ではなく、市民の勝利だった」と記している。タンさん自身も、自分の技術的な貢献はごく小さかったと繰り返し語り、大切だったのは他の人々が参加できる“場”を用意したことだと述べている。彼女の役割は、あくまできっかけと土台を差し出すことだった。あとは、無数の市民の心の持ちようが、それを動かした。
そして、この物語には、静かに胸を打つ後日談がある。ある記録は、こう書き添えている。「マスク地図が3日で公開された、あの奇跡を、台湾じゅうが覚えている。けれど、そのプロジェクトの領収書や契約や、労働保険の手続きを、誰がやったのかは、誰も覚えていない」。華やかな成果の陰で、地味な事務仕事を黙々と担った人が、必ずいる。その名は記録に残らない。共同体とは、そうした数えきれない無名の手によって支えられている。市井の、名もなき人々の営みこそが、実は根を支えている——。
それでも、道具は魔法ではない
美しい話として閉じる前に、正直に書いておかねばならないことがいくつかある。
まず、この仕組みは万能ではない。vTaiwanは多くの合意を生んできたが、国全体を根深く二分するような問題——たとえば死刑の是非のような主題——には、まだ十分に踏み込めていない。また、議論がオンライン中心である以上、デジタル機器に不慣れな人々を置き去りにしかねない、という懸念も残る。マスク地図についても、「政府が本来担うべき責任を、無償のボランティアに押しつけたのではないか」という批判の声があったことは、書き添えておくべきだろう。
そして、最も大切な留保がある。ある論者は、こう指摘している。台湾の成功の鍵は、Polisというソフトそのものではない、と。他の国も、まったく同じソフトを使うことができる。だが、同じ道具を導入すれば同じ結果が出るわけではない。それを支える市民社会の厚みと、政府と市民のあいだの信頼があって、はじめて道具は機能する。タンさん自身、政府と市民の協働は「信頼」を前提にしてしか成り立たない、と語っている。技術が問題を解決したのではない。技術を「つなぐため」に使おうとする、人々の意思がそれを解決したのだ。
祈りによせて — 二つの設計、二つの未来
いま、世界の多くの場所で、デジタルの技術は人の注意を「奪う」方向へと最適化されている。人の嗜好を読み取り、際限なく気を紛らわせ、対立を煽り、そうやって人を画面に縛りつける。その流れのなかで、貧しさに追われた人ほど、考える余力を奪われ、気晴らしに沈み、そこからまた抜け出しにくくなる。人が「私たち」という主語を失い、ばらばらのまま操られていく——そんな光景は、もはや特定の国だけの問題ではない。豊かな国にも、私たちの暮らすこの社会にも、同じ設計は静かに広がっている。
台湾のg0vが示したのは、その既定路線とは違う、もうひとつの道だった。技術は、人を「奪う」ためにも、人を「つなぐ」ためにも設計できる。返信ボタンを外し、対立ではなく合意を照らし出すことができる。500ページの読めない予算書を、誰にでも見える地図に変えることができる。オードリー・タンさんの言葉を借りれば、二つの未来が競い合っている。技術が対立をさらに燃え上がらせる未来と、技術が違いを越えた協力を後押しする未来と。
どちらの未来を選ぶかを最後に決めるのは、技術そのものではない。それを使う一人ひとりの、心の持ちようである。「政府は何をしてくれるのか」と待つのか、「自分たちでやろう」と一歩を踏み出すのか。奪う設計に身を委ねるのか、つなぐ設計を自分たちの手で選び取るのか。このサイトが世界各地に見てきた、森を売らないと決めた村も、自分たちの地図を描いた島も、消えゆく言葉を子へ手渡す人々も、根っこでは同じことをしていた。決める力を、自分たちの手に握り続けること。デジタルという新しい大地の上でも、その問いは変わらない。この新しいフロンティアが、人を分断し沈める場ではなく、人と人が違いを越えてつながる場となっていきますように。
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参考・引用元
- CommonWealth Magazine「The Evolving Role of Civic Tech against Disinformation in Digital Democracy」(2024年4月):english.cw.com.tw
- Taiwan Panorama「Pioneers of Open Government: g0v's Civic Hackers」(2017年7月):taiwan-panorama.com
- Crowd.Law「Case Study: vTaiwan」:congress.crowd.law
- The Democratic Futurist「The Taiwan Alternative: Democratic Renewal in the Digital Age」(2025年10月):democraticfuturist.substack.com
- Fight COVID Taiwan「Mask Map - Cooperation Between Government and Community」:fightcovid.edu.tw
- CommonWealth Magazine「Using AI to Strengthen Democracy: Audrey Tang on Taiwan's Global Role」(2024年10月):english.cw.com.tw
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