平和という言葉は、大きすぎて手に取りにくい。首脳の握手や条約の調印は、たしかに歴史を動かす。けれど、隣の家とお茶を飲めなくなった村を元に戻すのは、条約ではない。誰かが毎日、苗を点検し、けんかの間に立ち、庭の草を刈る。その地味な反復のほうだ。
このページは、「祈りのワールドツアー」がこれまで各地で見てきた、平和構築と和解の現場を集めたものです。並べてみて気づいたことがあります。どの物語も、平和を「気持ち」で語っていない。仕組みとして作っているのです。議席を確保する制度、土地を貸し借りする約束、子どもが仲裁を練習する時間割、返信ボタンのない対話の道具。善意を持続させるための、具体的な設計がそこにあります。
民族と信仰の境を越える
境界線は、たいてい誰かが引いたものです。そして、それを越えるのは、境界の両側で暮らす人々の日々の営みでした。
キルギス ― 水耕栽培の棚から始まる和解
2022年、キルギスとタジキスタンの国境で武力衝突が起きました。キルギス系・タジク系・ウズベク系が隣り合って暮らしてきたストゥンブラ村でも、人々のあいだに距離が生まれます。そこで動いたのが、タジク系の元幼稚園職員で、村の議員になったばかりのフェイルザ氏でした。2019年の法改正で地方議会に30%の女性議席が確保され、女性議員の割合は11%から38%へ跳ね上がっていました。制度が入り口を用意し、研修が道具を与え、あとは本人が現場で答えを探した。彼女が選んだ方法は、土地を必要としない水耕栽培でした。一緒に野菜を育て、収穫を分け合う。その共同作業が、断たれかけた信頼を縫い直していきます。
モロッコ ― 墓地を貸し、果樹を育てる
アトラス山脈の麓、アクリッシュ村。700年の歴史を持つユダヤ教徒の墓地に隣り合う土地で、ムスリムの村人が果樹の苗を育てています。ユダヤ教徒コミュニティが土地を無償で貸し、条件はただ一つ、安息日の土曜には耕さないこと。2012年以来、アーモンドやイチジク、オリーブなど約30万本の苗木が育てられ、1,500の農家に届きました。ムスリムの側は生計の糧を得て、ユダヤ教徒の側は荒れていた聖地が手入れされる恵みを受け取る。信仰の違いを乗り越えるための宣言ではなく、互いに実利のある取り決めが、静かに続いています。
次の世代へ、技術として手渡す
仲直りの仕方は、生まれつき備わっているものではありません。誰かが教え、練習して、身につくものです。
ルワンダ ― 子どもが仲裁を練習する図書館
1994年のジェノサイド後、和解の取り組みの多くは大人を対象にしていました。けれど現場の人々は気づいていた。子どもたちのあいだにも、対立はあると。現地団体TLCが2005年に開いた「子ども平和図書館」は、いま国内6館に広がっています。絵本を母語キニアルワンダと英語の両方で読み聞かせ、読み終えたら「友だちを助けるにはどうすればいいか」を話し合う。さらに250人ほどの8歳から15歳が、ピア・メディエーション(仲間同士の仲裁)の訓練を修了しました。盗みがあったとき、どう間に入るか。寸劇で練習した子どもは、実際に学校でそれをやってのけます。平和は与えられるものではなく、手から手へ受け渡される技術でした。
日本 ― 「おとなりさん」という制度設計
日本に暮らす外国人住民は約400万人。大阪府の人口に匹敵します。NPO法人JIIの「おとなりさん・ファミリーフレンド・プログラム」は、日本人ボランティアと外国人住民が一対一でペアを組み、6か月間ともに過ごす仕組みです。創設者自身が中国出身の元留学生で、情報不足と孤立という壁を当事者として知っていました。コーディネーターが丁寧に組み合わせを選び、月1回の状況確認を続け、必要なら専門家につなぐ。家事代行や宗教勧誘は規約で禁じられています。6か月を終えた参加者の約9割が「友人として交流を続けたい」と答えました。制度で出会った関係が、自発的な関係へ変わっている。共生を精神論に委ねず、設計で支えた例です。
記憶と対話を、かたちにする
過去をどう記憶するか。意見の違う人と、どう話すか。そのどちらにも、具体的な工夫が要ります。
フランス・ベルギー ― かつての前線に、24か国の庭を
第一次世界大戦の旧西部戦線、1000キロメートルに沿って庭を作る構想が2017年に始まりました。核心は設計者の選び方にあります。かつてこの戦線で戦った24の国それぞれの造園家が、自国の庭を設計する。ドイツも、フランスも、イギリスも、インドも。銃を向け合った国々が、隣り合って庭を持つのです。アルデンヌのヴジエールには282本の白樺が並びます。この地で命を落としたチェコスロバキア兵と同じ数です。そして、この庭を日々手入れしているのは、社会復帰支援作業所で働く15人ほどの人々でした。戦争で人生を断ち切られた人を悼む庭を、社会から一度切り離されていた人が支えている。ただし運営費は年5万ユーロ足りず、手入れをやめれば数年で草木が覆う。平和は、置いておけば残るものではないようです。
台湾 ― 対立を煽らないように設計された道具
2012年、500ページの読めない予算書を、市民が誰にでも見える図に作り替えたところから、市民テクノロジー運動「g0v」は始まりました。そこから生まれた対話の場「vTaiwan」で使われるPolisという道具には、決定的な特徴があります。返信ボタンがない。できるのは意見を書くことと、他人の意見に賛成・反対を投じることだけ。だから言い争いも炎上も起きようがない。そのうえで、立場の違う人々が同時に賛成できる意見――対立する島と島に橋を架ける意見――を浮かび上がらせます。普通のSNSが声の大きい人を目立たせるのに対し、この設計は分断を越える人を目立たせる。同じ技術が、設計ひとつで正反対を向くことの証明でした。ただし記事は正直に書いています。道具は魔法ではなく、それを支える信頼があってはじめて機能する、と。
共通していたこと
六つの現場を並べて見えてくるのは、平和が「対立の不在」ではないということです。キルギスの国境問題は今も政府間の議題であり、モロッコの試みは地政学の複雑さの前で無力なこともある。台湾のvTaiwanは、一度合意した規則が数年後にまた争点になりました。対立は消えていません。
変わったのは、対立の扱われ方のほうです。暴力や膠着ではなく、話し合いと交渉の形に移された。そして、その形を保つために、誰かが手を動かし続けている。庭の草を刈る人、月1回のアンケートを送る人、寸劇で仲裁を教える人。台湾の記事には、こんな一節がありました。マスク地図が3日で公開された奇跡は誰もが覚えているけれど、そのプロジェクトの領収書や労働保険の手続きを誰がやったかは、誰も覚えていない、と。
平和とは、たどり着いて終わる到達点ではなく、更新され続けるプロセスなのだと思います。そして、それを更新しているのは、たいてい名前の残らない手です。
祈りによせて
遠い国の争いのニュースに触れるとき、私たちにできることは少ないように感じられます。けれど、ここに集めた物語のどれもが、大きな力ではなく、小さな手の反復から始まっていました。苗を配ること。絵本を読むこと。隣に座って話を聞くこと。草を刈ること。
祈ることもまた、そうした反復のひとつなのかもしれません。すぐに世界が変わるわけではない。それでも、誰かの平穏を願う心を持ち続けることは、この静かな循環に連なる行いなのだと思います。世界各地で、今日も名前の残らない手が、平和という壊れやすいものを支えています。そのすべての手に、そしてその手が守ろうとしている人々に、安らぎがありますように。
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🕊️ 祈りのワールドツアー
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