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チリ・チロエ島の石積み「コラリートス」と日本の石干見 ― 卵の一部だけを採る海の作法

チリ南部、チロエ諸島のアピアオ島。潮が引くと、河口の浅瀬に小さな石の囲いが姿を現します。高さは1メートルほど、長さは4メートルを超えません。円筒形のもの、四角いもの、細長いもの。形はまちまちです。5月の下弦の月のころ、親と子が浜に出て、冬の波で崩れた石垣を積み直します。作業は午後に1回か2回。それだけで、その年の準備は終わります。

この石積みは「コラリートス・デ・ピレネス」と呼ばれます。魚を捕るための仕掛けではありません。魚に卵を産ませるための場所です。

621人の島で

アピアオ島は、チリ南部ロス・ラゴス州のチロエ諸島にあります。人口はおよそ621人。そのうち約8割が先住民です(2017年国勢調査)。島の経済は伝統的な農業と牧畜が6割、海藻の採集が2割6分、漁業と潜水が8分ほど。船で渡らなければたどり着けない島で暮らすことは、食べ物の選択肢が限られることでもあります。

6月から9月にかけて、島の家族はこの石の囲いに通います。目当ては「ピレネス」——現地でピジェ、あるいはコルデと呼ばれる小さな岩礁魚(Patagonotothen属)の卵です。卵は互いに付着して固まりになり、石の下や隙間にびっしりと並びます。地域の指導者を務めるペドロ・ハラ氏は、その見た目を発泡スチロールの小さな粒にたとえ、スープにすると格別だと語ったと報じられています。

産ませて、一部だけを採る

満潮になると、ピジェは石の囲いに入り、外敵の少ないその内側で産卵します。産卵期は4か月、冬とちょうど重なります。家族は1回の訪問で少なくとも1キロほどの卵を採り、シーズンを通しても6キロ程度にとどめます。すべては採りません。残された卵が次の世代になり、翌年また魚が戻ってくるからです。

そして、石を積んだことの効果は魚だけにとどまりませんでした。積み上げられた石には、チリガキ(Ostrea chilensis)やムール貝(Mytilus chilensis)が育ち、藻類や甲殻類が住みつき、そこから浜全体へ広がっていきます。だから島の人々は、この囲いを「セミジェロス」——苗床と呼びます。日が暮れるころにはゴイサギ(Nycticorax nycticorax)が舞い降り、ここを漁場にします。

ここで一つ、混同を解いておきたいことがあります。チリ南部にも「コラレス・デ・ペスカ」と呼ばれる石積みがあります。潮の干満を利用し、満ちてきた潮とともに入った魚を、引き潮のあとに閉じ込めて捕る仕掛けです。コラリートスは形こそそれに似ていますが、役割が違います。閉じ込めて捕るのではなく、産ませて、その一部を分けてもらう。この違いは、記事の終わりでもう一度出てきます。

争わない、という決まり

島の採取は、種ごとの時期に沿って行われます。カニ(Taliepus dentatus)は4月から9月まで、そのあとは休ませる。アサリの類(Venus antiqua)は10月から11月、ペヘレイ(Odontesthes regia)は9月から11月。繁殖期の魚や貝、幼い個体には手を出さない。研究者たちは、これを島の人々が生き物の生活史を知っているからこそできる「選択的な採取」だと記録しています。

もう一つ、採る量を抑えている仕組みがあります。採ったものを親族や近所と分けることです。分ければ、家にいた人にも新鮮な食べ物が届く。だから全員が同じ日に浜へ出る必要がない。結果として、大潮のたびに島じゅうが一斉に採りに出る、という事態が起きません。

その背景には、浜や貝をめぐって争うことは貧しさを招く、という言い伝えがあります。誰かが独り占めしようとすれば、海の恵みは遠ざかる。研究チームは、この規範が実際に生態系への圧力を下げていると指摘しています。冬至には、コラリートにキヌアを撒いて魚の帰りを願う「トレプト」という習わしもありました。20世紀半ばまでは広く行われ、今は限られた形で残っています。

科学が、あとから追いついた

この石積みは、長いあいだ外の世界には見えていませんでした。人類学者のカロリーナ・セプルベダ氏が記録するまで、科学の対象にすらなっていなかったのです。南部チリの石積み漁場を長年研究してきたリカルド・アルバレス氏は、これほど小さな構造物が生む影響に驚いたと語っています。

2025年、英国生態学会の学術誌『People and Nature』に、この実践を記録した論文が掲載されました。注目したいのは著者の構成です。10名の共著者のうち7名が、チロエやアイセンの先住民共同体の代表・指導者。研究者が対象を観察して書いたのではなく、当事者が著者として名を連ねています。論文には、彼ら自身の意思で「口頭による同意」を採用したことも記されています。海をめぐる企業側の一部に、先住民から署名を不正に取得した事例があり、書面への不信が残っているためです。

いつから続く実践なのかは、まだ分かっていません。「ずっと使ってきた」という口伝があるだけで、チリでは石積み漁場の年代測定が一度も行われていないからです。北半球には8000年前のものが確認されています。パタゴニアで人が海を使い始めたのは1万4000年前とされますが、生態系への理解にもとづくこうした実践がいつ始まったかは、それとは別の問いです。

いくつあるのか、という小さな問い

数についてはっきりさせておきたいことがあります。論文は、島の住民の話として「少なくとも12基あり、それぞれ特定の家族に結びついている」と記しています。一方、同じ地域指導者の説明として報道が伝えているのは「河口の周辺に約50基」という数字です。

この差は、おそらく数え方の違いによるものです。家族に紐づいたものを数えるのか、河口一帯の石積み全体を数えるのか。どちらが正しいと決めつけるだけの材料は、いまのところありません。確かなのは、維持している家族は以前より少なくなっているということです。

石積みを脅かすもの

アピアオ島の東の海には、サーモン養殖の生簀が浮かんでいます。取材した記者は衛星画像で3基を確認したと書いています。生簀の下には糞と食べ残しの餌が堆積し、海底の酸素が減り、生き物が減っていく。パタゴニアの沿岸で記録されてきた影響です。海底の生き物が失われることは、貝を食べ、貝で暮らしを立ててきた沿岸の共同体に直接返ってきます。

圧力は養殖業だけではありません。外から来る小型漁船団も、島民が挙げる問題です。メルルーサ、アサリ、ウニ、そして海藻。かつて島の人々は、自然に千切れて浜に流れ着いた海藻を拾い、食品や医薬の原料として売って現金を得ていました。いまは船団が藻場ごと剥ぎ取っていくため、浜に流れ着く海藻がなくなったといいます。島にとっては、生態系の問題であると同時に、収入の問題でもあります。

そして高齢化と、都市への移住。石を積み直す手は、年々少なくなっています。

規則のどこにも、書かれていない

論文がはっきり書いていることがあります。コラリートス・デ・ピレネスは、チリの公式な規則のどこにも存在しません。浜を支え、島の食を支えてきたこの実践は、制度の上では見えていないのです。

それを制度に載せる道が、一つだけあります。2008年に成立した法律20.249、通称「ラフケンチェ法」が設けた先住民沿岸海域(ECMPO)です。海辺に暮らすマプチェ=ラフケンチェの共同体が求めて生まれた法律で、それまでの漁業法制が先住民の慣習的な海の利用にまったく触れていなかったことへの応答でした。

この制度で共同体に委ねられるのは、海域の管理であって所有権ではありません。無償で、期間は原則として無期限。既存の養殖コンセッションなど第三者の権利がある場所には設定できず、誰かの立入りや航行を妨げれば違反になります。守られる「慣習的利用」には、漁労だけでなく宗教的・レクリエーション的・薬用の利用も含まれます。申請を受けたSUBPESCA(水産養殖次官庁)が重複を審査し、CONADI(先住民開発公社)が慣習的利用の実在を検証し、最後にCRUBC(地域沿岸利用委員会)が承認・却下・修正を判断します。法律上は1年ほどで終わる手続きですが、実際には平均4年半かかると国会図書館の報告書は記しています。

アピアオ島の共同体も、この申請の途中にあります。SUBPESCAの一覧に「次はCRUBCへ送付」と記載されている段階です(同ページに更新日の表示はありません)。

制度そのものが、いま揺れている

ただ、そのCRUBCの扉は、いま重くなっています。2026年8月26日、ロス・ラゴス州の同委員会は4件の申請を却下しました。7年から10年にわたって協議されてきた区域も含まれます。現地紙によれば、同州で2024年以降の却下は18件、承認は3件、うち2件は委員会が期限内に判断しなかったことによる自動承認でした。全体像も厳しく、論文によればチリ領パタゴニアで出された81件の申請のうち承認は14件、面積にすると当初申請された面積の0.96%にとどまります(2023年時点)。

背景には、この法律をめぐる全国規模の論争があります。ECMPOの申請が受理されると、同じ海域に重なる他の申請の手続きが止まる——この「停止効果」を、養殖業や一部の沿岸漁業の団体は投資を妨げるものだと主張してきました。あるシンクタンクの集計では、手続きが止まっている海域利用の申請は全国897件、うち733件がロス・ラゴス州です。これに対し市民監視団体は、南部3州のサケ養殖コンセッション1323件の57.4%がECMPOと重なるものの、停滞の主因は環境・衛生上の理由で国自身が下した規制判断だと反論しています(2026年5月時点の政府データの分析)。共同体の側は、ECMPOは海の私有化ではなく、第三者を管理計画の利用者に含めることもできると説明してきました。

法改正も動いています。2023年に上院へ提出された超党派の法案は本会議での逐条採決を待つ段階で、申請面積の「比例性」の基準、停止効果の上限、空間の商品化の禁止などが盛り込まれました。政府も2026年5月に改正方針を示しましたが、7月中旬の時点で修正指示は提出されておらず、ILO169号条約が求める先住民協議も始まっていないと報じられています。2025年1月には、予算法を経由して同法を変えようとした条項が、協議を欠いたことを理由の一つとして違憲と判断されています。

日本にも、石を積む海があった

ここで日本に目を移します。ただし先に、条件の違いをはっきりさせておきます。

日本各地の海岸には「石干見(いしひび)」と呼ばれる石積みがありました。遠浅の干潟に石を積んで囲い、満潮とともに入った魚を、潮が引いたあとに網ですくう。これは魚を捕るための漁具です。先ほど触れたチリの「コラレス・デ・ペスカ」と同じ型であって、産卵場としてのコラリートスとは目的が違います。同じ石積みでも、担っている役割が異なります。

そのうえで、日本の石干見が置かれている状況には、考えさせられるものがあります。長崎県諫早市高来町の「水ノ浦のスクイ漁場」は、1987年に市の有形民俗文化財に指定されました。平面は楕円形で、石積みの外周は約330メートル。基底部の幅は4メートル、沖側の最も高いところで3メートルほどあります。波に耐えられるよう外側は緩やかに、内側はやや急な角度に積み、満潮時の潮位を考えて石垣の最上部は同じ高さに揃えてある。北風で崩れやすい場所には補強が施されています。自然条件を読み切った構造物です。

市の資料によれば、この「スクイ」は江戸時代から明治中期まで、有明海沿岸一帯——熊本から福岡南部、島原半島沿岸——に200か所以上ありました。高来町にも明治・大正期には4か所。いま残っているのは1か所だけです。長崎新聞は2025年5月、文化財に指定されて現存する石干見は国内に2か所しかない、と報じています。

この石干見を所有するのは、取材時78歳の中島さん。父親が1951年に前の所有者から買い取ったものです。その後、国営諫早湾干拓事業にともなって漁業権を放棄したため、いまは家庭で食べる分だけを捕っています。かつてはスズキやウナギが入っていましたが、近年はボラが大半だといいます。台風で石垣が崩れると、干潟に重機を入れ、石を一つずつ戻す。干潮のわずか数時間しかできない作業です。

数年前までは維持できると思っていた、と中島さんは語ったと報じられています。しかし後継者がいない。そこで、長年ともに地域活動をしてきた青年団OBのグループ「あけぼの会」(20人)に相談しました。会員たちは快諾し、案内板まわりの清掃から始めて、現地見学会や公民館講座を計画。継続的な維持のために行政の協力や新たな保存組織の設立も視野に入れています。2025年8月には、住民有志による保存会が発足したと報じられました。

積み直す理由は、どこから来るか

二つの海岸を並べると、守り方がちょうど逆さまになっていることに気づきます。

日本の石干見は、文化財として制度に守られています。けれど生業としての役割はほとんど失われ、維持は個人の肩にかかってきました。チリのコラリートスは、制度のどこにも存在しません。けれど毎年6月には卵が並び、家族はそれを食べ、だから5月になれば石を積み直します。制度に守られているものが担い手を失い、制度に見えていないものが使われ続けている。

どちらが優れている、という話ではありません。日本の石干見は干拓事業と漁業権の放棄という具体的な経緯のなかで役割を変えたのであり、それを守ろうと動いている人たちがいます。チリの石積みも、サーモン養殖と外来の漁船団に押されながら、担い手を減らしています。

それでも一つ、共通して見えてくるものがあります。石積みは、使われているあいだは積み直されるということです。積み直す理由が「文化財だから」に変わったとき、その作業は誰か特定の人の負担になります。理由が「来月そこで卵を採るから」であるうちは、負担ではなく暮らしの一部です。

アピアオ島で問われているのは、まさにそこです。ECMPOの申請は、海を囲い込むための手続きではありません。誰がこの浜のことを決めるのかを、制度の言葉に翻訳する試みです。研究者の一人は、世界各地で石積みの回復が進んでいることに触れて、取り戻しているのは構造物そのものよりも、資源とのつきあい方を自分たちで選ぶという価値なのだと語ったと報じられています。

祈りによせて

採れるだけ採らない。分けるから、全員が同時に浜へ出なくてよい。争えば貧しくなる。アピアオ島の海辺にあるのは、法律でも科学でもなく、そうやって受け継がれてきた小さな取り決めです。それが結果として、魚の卵を守り、カキや藻を呼び、鳥を呼び、浜をよみがえらせていました。

この島の人々が、これからも自分たちの浜のことを自分たちで決められますように。有明海の干潟に残る一つの石垣が、次の世代に引き継がれますように。そして、遠く離れた二つの海岸で石を積み直してきた人たちの手が、報われますように。

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参考・引用元

  • Alvarez, R. ほか「Reciprocal contributions: Indigenous perspectives and voices on marine-coastal experiences in the channels of northern Patagonia, Chile」『People and Nature』7巻(2025年)=査読論文・オープンアクセス:capehorncenter.com
  • Mongabay Latam「Corralitos de pirenes en Chile: una técnica indígena de Chiloé restaura el mar y alimenta a la comunidad」(2026年4月4日):es.mongabay.com
  • El Desconcierto「Los Lagos: Comunidades acusan "racismo y clasismo" tras rechazo de 4 ECMPO y temen cambios en Ley Lafkenche」(2026年8月26日):eldesconcierto.cl
  • チリ国会図書館(BCN)「Ley Lafkenche: análisis y perspectivas sobre su aplicación」(2023年6月)=上院委員会向け技術報告:obtienearchivo.bcn.cl
  • チリ下院・法案審議記録 (Boletín 15862-21)=ラフケンチェ法改正案の公式トラミタシオン:camara.cl
  • Diario Constitucional「Reforma a la Ley Lafkenche que fija límites y refuerza la convivencia en el borde costero...」(2026年2月3日):diarioconstitucional.cl
  • Mirada Sur「Ruido sin ley: el gobierno prometió reformar la Ley Lafkenche y a mitad de julio no ha ingresado nada」(2026年7月12日)=ロス・ラゴス州の地域メディア:miradasurtv.cl
  • SUBPESCA(チリ水産養殖次官庁)「Estado de situación solicitudes ECMPO en trámite ― Isla Apiao」:subpesca.cl
  • 長崎新聞「諫早・水ノ浦の石干見 歴史的価値、未来へ 『原始漁法』保全と発信に動く」(2025年5月31日):nagasaki-np.co.jp
  • 諫早市文化振興課「水ノ浦のスクイ漁場」(市指定有形民俗文化財):city.isahaya.nagasaki.jp

関連ページ

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