ヘルシンキから北へ1時間ほど、森に囲まれた場所に、黒い波板の鋼鉄でできたサイロが立っています。高さ13メートル、幅15メートル。隣には煉瓦造りの建物と、背の高い煙突。外壁にボルトで留められた螺旋階段を上り、上部のハッチをくぐると、そこには銀色の断熱材に包まれた太い配管が、下から上へ向かって密集しています。
ポルナイネン、人口およそ5,000人。この町の地域熱供給網は、2025年6月から、このサイロを主力の熱源として動いています。運転開始から1年の実績は、排出量が約70%減、石油の使用はゼロ、木材チップの消費は約60%減。
「砂バッテリー」と呼ばれています。ただし、この名前は二つの点で正確ではありません。中身は砂ではなく、電気を蓄える電池でもない。そこを解きほぐしていくと、この技術が何をしているのかが見えてきます。
中身は、暖炉メーカーの捨て石だった
サイロに詰まっているのは、建設用の砂ではありません。凍石(ソープストーン)を砕いたもの、2,000トン。フィンランドの蓄熱式暖炉メーカーが製造工程で出す副産物で、本来なら捨てられていた石です。重さにして暖炉およそ1,000台分にあたる、と関係企業は説明しています。
河川砂は建設業界で需要が高く、世界的な不足も指摘されています。捨てられる石を使うことは、その競合を避けることでもあります。開発会社は、鉱山で大量に出る粒状の廃棄物についても採用を検討していると述べています。
仕組み ― 電気が熱になり、石に移り、また出てくるまで
工程は驚くほど単純です。
① 電気で空気を熱する。電気抵抗ヒーターを使います。投じた電気は、ほぼ全量が熱になります。
② 熱い空気を、石の中に通す。石の層には配管が織り込まれていて、そこを閉じた回路として空気が循環します。空気が石に熱を渡し、冷えた空気は戻ってまた熱される。これを繰り返して、石全体の温度を上げていきます。運転温度は500度。設計上は650度まで対応します。
③ 待つ。断熱されたサイロの中で、熱はそのまま保たれます。外周部は中心が最高温になっても比較的低温のままで、外への逃げが抑えられる構造です。貯蔵から取り出しまでの熱損失は10〜15%程度とされています。
④ 必要なときに、空気を逆向きに流す。石から熱を受け取った空気が熱交換器を通り、地域熱供給網の水を温めます。
⑤ 温水が各戸へ届く。配管を通って住宅、事務所、学校、教会へ。ラジエーターや床暖房、給湯に使われます。
ここで重要なのは、⑤で電気に戻していないことです。この設備にはタービンも発電機もありません。入るのは電気、出るのは熱。それだけです。既存の熱供給網につなぐのに必要だったのは、数本の配管と軽微な自動制御の調整だけだった、と現地を訪ねた技術媒体は伝えています。可動部がほとんどない、静的で頑丈な系だ、というのが関係者の説明です。
なぜ石なのか ― 沸騰しない、という性質
熱を貯める材料として、まず思い浮かぶのは水です。実際、地域熱供給の世界では大きな温水タンクが古くから使われてきました。
ただ水には限界があります。常圧なら約100度、加圧しても120度前後で沸騰してしまう。それ以上の熱は貯められません。
石は相変化しません。沸騰しないので、劣化させずにはるかに高温まで熱せられる。同じ体積に、より多くのエネルギーを詰め込めるということです。この方式は専門的には顕熱蓄熱と呼ばれます。物質の温度を上げることでエネルギーを蓄える、という素朴な原理です。
「バッテリー」という名前が隠していること
この設備の効率は80〜90%とされています。数週間貯めたあとでも、約85%の熱が取り出せる。
この数字を、リチウムイオン電池の効率と並べたくなります。米エネルギー情報局によれば、2019年の実績で、系統用蓄電池の月平均往復効率は82%、揚水発電は79%でした。80〜90%という砂バッテリーの数字は、それより良いように見えます。
けれど、これは比べてはいけない数字です。蓄電池と揚水発電の効率は「電気を入れて、電気を取り出す」割合。砂バッテリーの80〜90%は「電気を入れて、熱を取り出す」割合です。入口は同じでも、出口の中身が違う。
「バッテリー」という語が、その違いを見えなくします。電池という言葉を聞けば、誰でも入れたものと同じものが出てくると思うからです。
では、熱を電気に戻すとどうなるか。開発会社は別の町で、貯めた熱から発電する実証に取り組んでいます。総額420万ユーロの研究開発で、うち210万ユーロは政府機関の助成。2027年に終了予定です。目標として掲げられている発電効率は30〜35%。熱電併給で廃熱も使えば最大90%、とされています。
30〜35%という数字は、物理的にはむしろ妥当です。熱から仕事を取り出すには熱機関が要り、その効率にはカルノーの定理による理論上限があります。500度(773K)の熱源と20度(293K)の外気の間なら、上限は約62%。実際の機械はその半分程度に落ち着くのが通例です。蒸気タービンでも、高温の空気を直接使うタービンでも、この制約からは逃れられません。
ただし、この数値には留保が要ります。開発会社自身の説明によれば、この実証ではタービンを設置しません。タービンの性能は正確にシミュレーションできるから、という理由です。つまり熱から電気への変換部分は、実機では試されないまま数字が語られている。記事の読者としては、ここは「目標値」として受け取るのが適切です。
最も手強い比較相手は、ヒートポンプ
効率という物差しをもう一つ当ててみます。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、家庭用ヒートポンプの成績係数(COP)は通常4程度で、これはガスボイラーの3〜5倍の効率にあたります。COP4とは、電気1に対して熱を4取り出せるということ。一方、電気抵抗ヒーターのCOPは1です。電気1で熱1。
砂バッテリーが使っているのは、この電気抵抗加熱です。熱を作る効率という一点だけで比べれば、ヒートポンプに大差で負けます。それも僅差ではなく、3倍から4倍という桁の差で。
それでもこの技術が選ばれるのは、ヒートポンプにできないことが二つあるからです。
一つは、貯められないこと。ヒートポンプは作った熱をその場で使うしかありません。砂バッテリーは、電気が余っている日に貯めて、足りない日に出せます。
もう一つは、温度が出ないこと。ヒートポンプで500度は作れません。開発会社が本命と見ているのは、実は地域暖房ではなく産業用途です。食品、化学、医薬、製造。200度以上の蒸気を必要とする工程は、いまも石油やガスを燃やしています。電気ボイラーやヒートポンプでは届かない温度帯だからです。
効率で選ばれた技術ではなく、いつ使えるか、何度まで出せるかで選ばれた技術。数字を並べるだけでは、その輪郭は見えてきません。
100時間かけて蓄える、という設計
この設備のもう一つの特徴は、蓄熱にかける時間の長さです。
同種の蓄熱装置の多くが数時間で満たされるのに対し、ポルナイネンの設備は約100時間かけて熱を蓄えます。一見すると遅いだけに思えますが、北欧の電力市場では、これが決定的な差になります。
安い電気は、決まった時間に来るわけではありません。フィンランドエネルギー協会の分析によれば、風の強い日には電力価格がしばしばゼロ近くまで下がり、風の弱い日には高くなる。価格を左右する最大の要因は風力の発電量です。太陽光のように「昼に安い」わけではなく、風まかせで、いつ来るかわからない。
どれくらい余っているのか。2025年、フィンランドでは電力の卸価格がマイナスになった時間が465時間、ゼロだった時間が138時間ありました。合わせて年間の約7%です。マイナス価格とは、発電した側がお金を払って引き取ってもらう状態のこと。フィンランドで初めてそれが起きたのは2020年でした。風力が増えるにつれ、そういう時間が生まれるようになったのです。
数時間しか吸えない設備は、この安い電力の大半を取り逃がします。100時間かけられる設備は、そのほとんどを拾える。
実際の運用では、電力価格と送電系統の調整力市場を見ながら、いつ熱を蓄えるかを人工知能が判断しています。この設備は、熱を売るだけでなく、電力系統の調整役としても働いている。採算はその両方から成り立っています。
なお、電気で暖房するのはもったいない、という直感は物理的には正しいものです。電気は仕事に変えられる高品位のエネルギーで、それを熱にするのは格下げにあたります。
それでもこの設備が成り立つのは、フィンランドの電気そのものが、ほとんど燃やして作られていないからです。2025年の暫定統計によれば、国内生産79テラワット時の内訳は原子力39.6%、風力27.9%、水力15.6%、バイオマス11.3%、太陽光1.2%。二酸化炭素中立とされる電源が96%を占めます。
この違いは、一つの数字によく表れています。フィンランドの発電の排出原単位は、2025年で1キロワット時あたり26グラム。2010年には230グラムでした。15年で9分の1です。石炭を燃やして作った電気を熱に戻すのと、この電気を熱に変えるのとでは、話がまったく違います。
記録的な寒波の冬、主役は入れ替わった
2025年から26年にかけての冬は、現地の基準でも異例の寒さでした。そして電力価格が激しく振れました。開発会社のデータによれば、フィンランドの卸価格は1週間のうちに1メガワット時あたり3ユーロから373ユーロまで動いています。100倍以上の幅です。2025年の年平均が40ユーロだったことを思えば、この振れがどれほど極端かがわかります。
安い電気を貯めて使うという前提の設備にとって、これは最悪の条件でした。
結果はこうです。最も寒く、最も電気が高かった時期、木質チップのボイラーが主要な設備に戻り、砂バッテリーがそれを補助しました。それ以外の時期は、役割が逆でした。
理由は二つあります。一つは値段。もう一つは、容量と出力が別のものだからです。
この設備の蓄熱容量は100メガワット時ですが、熱出力は1メガワットです。容量は「どれだけ貯められるか」、出力は「一度にどれだけ出せるか」。夏なら1回の蓄熱で1か月分、冬でも1週間弱をまかなえる容量がありますが、真冬の朝のように需要が跳ね上がる瞬間には、出力の側が追いつきません。
つまり「地域熱供給網の主力設備」というのは、年間を通しての話です。いちばん寒い週には、やはり燃やす設備が支えている。ここを省くと、この技術は実際より万能に見えてしまいます。
ただし石油ボイラーのほうは、一度も動いていません。石油は本当に止まりました。
では、この設備は誰のものか
ここまで「町の熱源」と書いてきましたが、正確には町のものではありません。
熱供給を担う会社は、北欧の投資会社が運用するインフラファンドの傘下にあります。投資額は約100万ユーロ。政府機関の新技術向けエネルギー補助も入っています。ポルナイネン町は所有者ではなく、顧客であり、当初からの支援者でした。
町にとっての利点は、町長の言葉によれば、熱の価格が安定することです。学校、役場、図書館をはじめ町の公共建築はこの熱供給網につながっており、2026年9月に開業する新しいスポーツアリーナも同じ網で暖まる予定です。カーボンニュートラルは、この町の自治体戦略に掲げられた目標でもありました。
興味深いのは、比較できる相手がすぐ隣にあることです。2022年に世界で初めて商用化された砂バッテリーは、フィンランド西部のカンカーンパーにあります。容量8メガワット時。ポルナイネンの12分の1ほどの規模です。そしてこちらを運営するエネルギー会社は、カンカーンパー市が主要株主の自治体系企業でした。
同じ技術が、自治体が株主の会社と、投資ファンドが所有する会社の両方で動いている。価格の安定という便益は、どちらの場合も住民に届きます。ただし、この設備をいつどう使うかを決めるのは、後者では町ではありません。技術の性能表には、その違いは載りません。
160トンという数字をどう読むか
この設備が減らした排出量は、年間で約160トン(二酸化炭素換算)です。
70%という比率は正しい。けれど母数は、人口5,000人の町の熱供給網です。世界の排出量に対して、160トンはほとんど何も意味しません。
それでもこの1年に意味があるとすれば、「できるかどうか」がわからなかったことが、「できた」に変わったからです。前例のない規模の設備を建て、記録的な寒波と価格の乱高下を通し、想定した性能を保った。投資側は、慎重な採算計算をしたうえで新技術に踏み込み、1年後に満足していると言えることが、他の事業者の不安を減らすはずだと述べています。
問われているのは、この160トンが何千の町で繰り返せるかどうかです。開発会社の次の設備は、より大きな容量で建設が進んでいます。ラトビアでの案件も動き始めました。
ただ、ここにもう一つ、正直に置いておくべき数字があります。2025年、フィンランドの卸電力価格は1メガワット時あたり40ユーロで、EU加盟国にノルウェーとスイスを加えた中で最も安い水準でした。平均は89ユーロ、最も高いアイルランドは117ユーロです。
安い電気を大量に、しかも余っている時間に買えること。それがこの設備の採算の土台です。電気が高い国では、同じ計算は成り立ちません。フィンランドで動いたからどこでも動く、とは言えない。この技術が広がるとすれば、それは技術が優れているからというより、その国の電力がどうなっているかによります。
祈りによせて
この技術には、新しい発見と呼べるものがほとんどありません。石が熱を蓄えることは、蓄熱式の暖炉を使ってきた人なら誰でも知っています。電気抵抗で空気を温めるのも、熱交換器で水を温めるのも、古い技術です。
新しかったのは、組み合わせ方でした。捨てられていた石。すでにあった熱供給網。風が吹く日に余る電気。それぞれは前からそこにあって、つながっていなかっただけです。
効率という物差しだけを当てれば、この設備はヒートポンプに負けます。電池と比べれば、出てくるものが違います。冬のいちばん寒い日には、やはり木が燃やされます。それでも、5,000人の町の冬から石油が消えました。
大きな発明が一度に世界を変える、という物語のほうが、人の心には残りやすいものです。けれど実際に暮らしを前へ動かすのは、たいてい、すでにあるものを別のやり方でつなぎ直した人たちです。捨てるはずだった石に手を伸ばした誰かが、いま森の中のサイロで、町の冬を暖めています。
そういう組み替えを思いつく人が、世界のあちこちにいますように。そしてその工夫が、思いついた場所の人々のもとに、きちんと戻っていきますように。
フィンランドの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。
フィンランドのために祈る | 祈りのワールドツアー
フィンランドが平和でありますように
参考・引用元
- Interesting Engineering「世界最大の砂バッテリーは最悪の冬を越えた ― 現地取材」(2026年4月28日):interestingengineering.com
- 米エネルギー情報局(EIA)「系統用蓄電池と揚水発電は、蓄えた電力の約8割を返す」(2021年2月12日):eia.gov
- フィンランドエネルギー協会「Energy Year 2025 Electricity(2025年電力暫定統計)」(2026年1月21日):energia.fi
- 国際エネルギー機関(IEA)「The Future of Heat Pumps ― ヒートポンプの仕組み」:iea.gov
- CNBC「再生可能エネルギーの難題に対するフィンランドの答え」(2026年7月25日):cnbc.com
- Kuntalehti(フィンランド自治体協会系媒体)「世界最大の砂バッテリーが始動 ― ポルナイネン町は当初から支援」(2025年6月11日):kuntalehti.fi
- Mäntsälän Uutiset(地元紙)「ポルナイネンに世界最大の蓄熱装置」(2024年3月18日):mantsalanuutiset.fi
- Euronews Green「大型の砂バッテリーが凍石に風力と太陽光を蓄え始めた」(2025年6月15日):euronews.com
- Polar Night Energy「Sand to Power実証」(開発企業の自媒体):polarnightenergy.com
- Polar Night Energy「砂バッテリーが排出削減目標を達成」(2026年6月11日)(開発企業の自媒体):polarnightenergy.com
- CapMan「ポルナイネンの砂バッテリーへの投資」(2024年3月)(投資会社の自媒体):capman.com
関連ページ
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