毎週火曜日、韓国南部の山あいの郡で、20人ほどの住民が集まります。健康について学び、テーピングなど自分の体を手当てする方法を練習します。この人たちはふだん、約15か所の集落の敬老堂(高齢者の集会所)を訪ね、血圧を測り、変わりはないかと尋ねて回っています。医療の専門職としてではなく、近くに住む隣人として訪ねています。
慶尚南道・山清(サンチョン)郡の「山清医療福祉社会的協同組合」は、住民が出資して診療所を持ち、住民どうしで健康を見守る組合です。2026年3月、韓国では医療と介護を地域で一体的に支える法律が施行されました。山清では、その前から似た営みが始まっていました。組合がどこに、誰の手で、どんな資金でつくられたのか。そして何がまだ解けていないのかをたどります。
川向こうの村に、診療所はある
山清郡の人口は約3万4,000人です。1960年代末から70年代初めには約7万人が暮らしていました。組合の韓医院(韓国の伝統医学の診療所)は、この郡の「聖心院(ソンシムウォン)」という施設の中にあります。
聖心院は1959年6月、カトリックの修道会であるフランシスコ会が開いた、ハンセン病の回復者が暮らす場所です。地方紙の慶南新聞によると、始まりは近隣の晋州から移ってきた約60人でした。背後は山、前は川で、行き来の手段は渡し舟だけ。対岸では住民が棒を持って見張り、外へ出られるのは夜遅くに限られていたと同紙は伝えています。
ハンセン病は治療で治る病気で、感染力も強くありません。それでも偏見は長く残りました。1980年ごろに約500人いた入所者は、2024年の報道では約110人です。回復者が約60人、重い障害のある人が約50人で、回復者の多くは高齢です。2012年に着任した院長のもとで祭りが始まり、施設は50年あまりで初めて一般に開かれました。
組合の理事長で韓医師のキム・ミョンチョルさんは、釜山の出身です。2001年に山清へ移り住み、翌月から毎週木曜の午前、聖心院で鍼(はり)治療の奉仕を続けてきたと、地方紙は2021年に報じています。組合の診療所は、キムさんが通い続けたその場所に置かれました。
657人の創立総会から、開院まで
ここからの経緯は、準備に加わった当事者が社会的経済の専門メディアに書いた記録によります。第三者による検証ではない点をお断りしておきます。
発端は2019年、地元の協議会で、弱っていく公的医療に代わる道が話し合われたことでした。2020年秋から、キムさんと、慶尚南道の社会的経済支援センターの所長だった人物が準備を始めます。全国の連合会から講師を招き、先行する組合を見て回りました。2021年2月に準備委員会ができ、夏には昌原、晋州、山清の3か所で集まりが開かれました。
2021年11月27日の創立総会に名を連ねた組合員は657人。翌年4月に保健福祉部の認可が下り、6月にはフランシスコ会の財団が、聖心院の建物を10年間無償で使うことを認めました。改修費には、人口減少対策の公的な基金から5億ウォンが充てられています。診療が始まったのは2023年11月10日で、翌日の開院式には400人以上が集まりました。
「住民がつくった診療所」という言い方には、注釈が要ります。組合の公式サイトによれば、創立時の約650人は山清と晋州、その周辺の人々でした。集まりが郡の外でも開かれたように、道内の協同組合の仲間が支えています。建物は修道会から、改修費は公的な基金から来ました。山清の住民だけの力ではなく、いくつもの手が噛み合った結果です。
そのうえで、持ち主は組合員です。出資は1口1万ウォンで5口から。議決権は出資額にかかわらず1人1票で、脱退すれば出資金は戻ります。最初に集まった出資金は約1億ウォン、組合員はいま約1,800人だと公式サイトは記しています(時点は示されていません)。
記録には、開院前の心配も書かれています。偏見の残る施設の中へ、患者は来てくれるだろうか、というものです。
「協同組合」という名前だけでは分からない
韓国で住民が医療機関を持つ協同組合は、1994年に京畿道の安城で始まりました。ただ、この名前は一度、大きく傷ついています。
韓国日報によると、2011年の法改正のあと、医療の協同組合は2010年の127から2012年には約357へ急増しました。多くは名義だけを借りた営利の医療機関で、不正な請求も相次ぎました。同紙が当時「本物」と数えたのは約20です。全国の連合会に加わる組合は、2024年9月時点で32とされます。
連合会は、見分け方として、総会や委員会が開かれた形で運営され、資料を見られるかどうかを挙げています。名前ではなく、決め方が公開されているか。山清の組合も、公式サイトに総会や役員選挙の公告を載せています。
健康リーダー ― 自分で自分をみる力
この組合は、診療所より先に人を育てました。地域週刊紙の週刊咸陽によれば、「健康リーダー」の養成講座は組合ができる前から始まり、2026年で9期を数えます。修了したのは約150人です。
そのうち、いま実際に敬老堂を回っているのが、冒頭の20人ほどです。組合では「健康見守り役」と呼ばれています。同じ人に続けて会い、様子と体の変化を見ていきます。150人が学び、20人が動いている。どちらの数字も、この活動の実際の大きさです。
専務理事のパク・インジャさんは、この講座の狙いを、健康に関心と知識を持ち、自分で自分をみる力を育てることだと語ったと報じられています。誰かを世話する人を増やす前に、自分の体を知る人を増やす、という順序です。
医療の側では、韓医院と医院のほかに在宅医療センターがあり、必要な家には医師、看護師、社会福祉士が一緒に出向きます。公式サイトによると、建物の2階は「みんなの家」と名づけられた集いの場で、組合員の合唱団や、食卓を囲む集まりもあります。
2025年7月、山清は4日間で632ミリの豪雨に見舞われました。7月21日朝の時点で、郡内の死者は10人、行方不明は4人と報じられています。慶南道民日報によると、組合は若者の団体や住民の集まりと一緒に復旧ボランティアの窓口を開き、宿と食事を用意しました。8月8日までに240人が農家の復旧作業に加わりました。
法律があとから来て、変わったこと
2026年3月27日、「医療・療養など地域ケアの統合支援に関する法律」が施行されました。老いや病気で暮らしが難しくなっても、住み慣れた場所で医療と介護を一緒に受けられるようにする法律です。山清郡も13種類のサービスを用意し、11の邑・面の役場に窓口を置きました。
念のために書けば、この法律は山清の活動を受けてつくられたものではありません。国が2018年に基本計画を出し、2024年に国会で成立した、別の流れの産物です。山清では、制度が届く前に、住民の側で似た形ができていたということです。
制度が届いて変わったのは、見守りの一部が仕事になったことです。慶尚南道の統合ケア事業を通じて、10人が「健康マネジャー」という仕事に就いています。1日5時間、一軒ずつ家を訪ね、その人に必要な健康と暮らしの手助けを確かめます。パクさんは、これを自分たちの活動が認められたものと受け止めていると報じられています。
ただし、分からないことがあります。10人の賃金がいくらで、誰がどの割合で負担し、雇用がいつまで続くのか。2026年10月時点で確認できた報道にも、組合の公式サイトにも、その記載は見当たりませんでした。
5分の診察と、見つからない医師
組合の人たちは、解けていない問題を自分の口で語っています。
一つは医師です。予防を重んじ、組合の考えに共感してくれる医師は、なかなか見つかりません。もう一つは経営です。地域に必要な医療でも、赤字が続けば組合は持ちこたえられません。キムさんは、かかりつけ医なら一人を15分以上は診るべきなのに、患者が立て込むと5分ほどになってしまう、と話したと伝えられています。健康な人が増えるほど収入が減るという、この仕組みに付きまとう矛盾です。
これは山清だけの悩みではありません。2024年の連合会30周年の場でも、いまの診療報酬は健康づくりを支える形になっていない、という指摘が出ています。
法律の側にも課題が報じられています。施行から3か月後の報道は、予算と人手の不足を伝えました。食事支援の予算が尽きかけている自治体があるといいます。慶尚南道は423人分の担当職員の枠を確保しましたが、2026年7月時点で配置された401人のうち、338人はほかの業務との兼務でした。
無償だった見守りが仕事になるのは、担い手にとって確かな前進です。同時に、仕事になった部分は事業の予算に左右されやすくなります。聖心院の建物を無償で使える期間も10年です。その先のことは、まだ報じられていません。
祈りによせて
かつて、人が渡ることを許されなかった川があります。いまその向こうに診療所があり、隣人の血圧を測るために学ぶ人たちがいます。制度は遅れて届き、足りないところを抱えたまま動き出しました。それでも、火曜日になれば人は集まります。山清の敬老堂を回る人にも、迎える人にも、聖心院で暮らす人にも、穏やかな日々が続きますように。
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大韓民国が平和でありますように
参考・引用元
- 週刊咸陽(オーマイニュース掲載)「주민이 만든 돌봄, 통합돌봄이 뒤따라왔다」(2026年9月7日・地域週刊紙。慶尚南道の地域新聞支援事業の補助を受けた記事):ohmynews.com
- ライフイン「경남산청의료복지사회적협동조합 창립과 개원」(2023年11月29日・社会的経済の専門メディア。準備に加わった当事者の寄稿):lifein.news
- 慶南山清医療福祉社会的協同組合「조합 소개」(実施団体の自媒体):gscmedc.org
- 慶南山清医療福祉社会的協同組合「조합원이 되어 주세요」(実施団体の自媒体):gscmedc.org
- 全国毎日新聞「산청 성심원 김명철 한센인 주치의 “한센병 오해·편견 사라지길”」(2021年11月21日・地方紙):jeonmae.co.kr
- 慶南新聞「이야기가 있는 공간 (13) 산청 성심원」(2017年11月2日・地方紙):knnews.co.kr
- ソウル新聞「한센인·중증장애인 628명 장례미사… 그래도 이별은 늘 아프다」(2024年10月21日・全国紙):seoul.co.kr
- カトリック新聞「산청 성심원 개원 60주년」(2019年10月・教会系メディア):catholictimes.org
- 慶南道民日報「복구 손길 닿지 않는 산청 재난 아픔 함께 극복해 가는 지역공동체」(2025年8月10日・地方紙):idomin.com
- オーマイニュース「극한 폭우가 할퀴고 간 경남... 산청에서만 10명 사망·4명 실종」(2025年7月21日・独立系メディア):ohmynews.com
- 韓国日報「의료생협 '성취와 역경 사이'」(2013年10月11日・全国紙):hankookilbo.com
- 韓国日報「사회적 약자들이 스스로 만든 의료협동조합의 가치 “믿을 수 있는 의료”」(2019年8月24日・全国紙):hankookilbo.com
- ライフイン「주민과 함께한 의료사협 30년, 지속가능한 미래를 향해」(2024年9月26日・社会的経済の専門メディア):lifein.news
- イロウンネット「통합돌봄, 이제 국가가 맡는다...2026년 보건복지 정책 방향은」(2026年1月2日・社会的経済の専門メディア):eroun.net
- アジア経済「산청군, 살던 곳에서 돌봄받는 ‘통합돌봄체계’ 구축」(2026年3月10日・経済紙。郡の発表にもとづく記事):asiae.co.kr
- ソウル新聞「“돌봄은 현장에서” 경남도, 읍면동·보건소 전담인력 늘린다」(2026年8月23日・全国紙):seoul.co.kr
- ザ・ファクト「[갈길 먼 통합돌봄①] 예산·인력 부족 '잃어버린 2년'」(2026年6月18日・オンライン紙):tf.co.kr
- 金道勲「韓国の地域包括ケア」(2024年3月10日・研究者の発表資料):kuia.korea.ac.kr