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マレートラを守る先住民の巡視隊 ― ジャハイの長老が賃金の先に求めたもの

2026年9月21日、マレーシア半島部ペラ州のコルブ森林保護区で、ラタン(籐)を採りに森へ入った先住民オラン・アスリの男性が、トラに襲われたとみられる状態で見つかりました。野生生物・国立公園局(ペリヒタン)は遺族への支援を約束し、捕獲用のわなを設置しました。

同じペラ州の北、タイ国境に近いベルム・テメンゴールの森では、別のオラン・アスリの人々が、そのトラを守るために森を歩いています。先住民ジャハイの若者たちでつくる巡視隊「メンラック」です。この記事は、トラを守ることと人の命を守ることが同じ森の中でぶつかり合う場所で、人々がどう引き受け、何を条件にしたのかの記録です。

マレーシア Rainforestのイメージ

3,000頭から、150頭を切るまで

マレートラは、マレー半島にだけ暮らすトラの亜種です。1950年代には半島部に推定3,000頭いたとされますが、2020年には推定130〜140頭まで減ったとされます。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは「深刻な危機(CR)」に分類されています。

原因は一つではありません。森の伐採とアブラヤシ農園の拡大、獲物の密猟、そして国境を越えてやってくる密猟組織が仕掛ける、鋼線のくくりわなです。2022年からはアフリカ豚熱がイノシシの大量死を招き、トラの主な獲物がいなくなりました。飢えたトラは森の外へ出て、家畜や、ときに人と出会います。半島部では2022年から2025年5月までに5人がトラに命を奪われ、遺族たちは口々に「ここでトラに人が殺されたのは初めてだ」と語ったと報じられています。

2026年9月末、マレーシア天然資源・環境持続可能性省は、トラの数が2021年の「150頭未満」から増えたと発表しました。ただし最新の頭数は示されておらず、回復策の重点州として挙げられたのはパハン、クランタン、トレンガヌで、ペラ州は含まれていません。また、ベルム・テメンゴールのトラの数は、調べた範囲・時期・機関によって「約20頭」「州立公園内で推定11頭」などばらばらで、互いに比べて「増えた」「減った」と言える数字ではありません。トラが増えているのか、この森で何頭残っているのかは、まだ誰にも確かには言えない――この記事は、その前提から始まります。

湖の底に沈んだ谷と、ジャハイの人々

ベルム・テメンゴール森林複合体の中心には、テメンゴール湖という人造湖があります。ペラ川をせき止めるダムが1974年に着工し、1978年に完成して、谷を沈めました。いま湖に浮かぶ島々の多くは、かつての山の頂です。

この森には、ジャハイとテミアという先住民が暮らしてきました。ジャハイの中には、1970年代に共産ゲリラとの戦いの中で軍事上の理由から移住させられ、さらにダムの湛水で再び移された集落もあります。マレーシアの大学の研究は、移住先のジャハイの社会経済的な暮らしの悪化が、ダムによる環境の変化と深く結びついていると指摘しています。より力の強い民族集団から差別を受け、誘拐や強制労働の被害に遭ってきた歴史もあります。

一方、湖の上流に広がるロイヤル・ベルム州立公園(約11万7,500ヘクタール)の中では、ジャハイの土地は法的に保護されています。米国の非営利報道機関インサイド・クライメート・ニュースは、伐採が迫る他州のテミアなどと比べ、ジャハイを「おそらく最も恵まれた先住民」と表現しました。メンラックが生まれたのは、この公園の中、スンガイ・ケジャール地区の村々です。

疑いから始まった巡視隊

2015年から2016年にかけて、ロイヤル・ベルム州立公園では密猟組織による「一掃」が起き、公園のトラの6〜7割が失われたと、マレーシアの民間団体RIMAU(マレートラ保護協会)のハルン・ラーマン氏は語っています。公園の監視員だけでは、広大な森に足りる人手がありませんでした。

RIMAUは2018年、ドキュメンタリー映画の制作者である夫婦が立ち上げた団体です。州立公園公社と話し合い、公園の中に暮らすジャハイを巡視員として雇う構想が生まれました。2019年11月、RIMAUの支援者たちの寄付で、1つの村の5人から巡視隊が始まります。名前の「メンラック」は、ジャハイの言葉で「人々」を意味します。

けれども、ジャハイの人々は最初から歓迎したわけではありませんでした。インサイド・クライメート・ニュースによれば、村の長老たちは懐疑的で、若者を巡視隊に出す条件として、賃金だけでなく、より良い医療、安定した食料、清潔な水、そして子どもたちの教育を求めました。ダムに谷を沈められた歴史を持つ人々が、外から来た団体に何をどこまで託すのか。その線を引いたのは、長老たちのほうでした。

長老の条件のうち、教育は形になっています。RIMAUは2026年5月までに、3つの村に学びの場「ルマ・バチャ」を設け、約65人の子どもが読み書きを学んでいるとしています。若者向けの「メンラック・ムダ」も続いています。一方、医療と水の条件がどこまで満たされたのかは、公開された情報からはわかりません。

森の神々に託された責任

メンラックの隊員は、ときに2週間近く森に入ります。くくりわなを見つけて外し、人と動物の痕跡を記録し、カメラトラップ(自動撮影カメラ)を設置します。各班はGPSと衛星電話を持ち歩きます。

簡単なことばかりではありません。ジャハイは本来、方位ではなく水の流れで森を歩いてきました。大人の読み書きは1割ほどにとどまり、「字が読めない人にGPSの使い方をどう教えるのか」が最大の課題だったと、ラーマン氏は語っています。定住化が進んで、若い世代が森の技を失いつつあることも、隊の訓練の中で見えてきました。

研修の場で、隊員のアルディ・ケンボンさんは、ジャハイに伝わる創世の物語を語ったと報じられています。はじめに沼に囲まれた一つの石があり、神々が先祖をその上に立たせた。石に挿した枝が木となり、森となり、やがて動物たちがやってきた――。ジャハイはいまも、セミやコウモリ、サイチョウなどを、人の姿にもなりうる「兄弟」とみなしています。神々が自分たちに森の責任を託した、だからこの仕事は大切なのだ、とアルディさんは話したといいます。

隊員には給与が支払われ、さらに巡視1日ごとに10リンギが村の共同基金に積み立てられ、学校などに使われるとRIMAUは説明しています。森を守る仕事の対価が、隊員一人ではなく村全体に戻る仕組みです。

2023年、メンラックの班長5人は、国際自然保護連合・世界保護地域委員会(IUCN-WCPA)の国際レンジャー賞を、マレーシアのチームとして初めて受賞しました。授賞理由は「地域主導のトラ保全における模範的な成果」です。

カメラの映像が、森の用途を変えた

メンラックの仕事の成果として、具体的な出来事が一つあります。州立公園の南側、木材生産のための森とされていたアマンジャヤ森林保護区で、隊員のカメラはトラなどの野生動物と、密猟者の姿を捉えました。その映像を州林業局の局長に示したところ、林業局はその区域を伐採用から野生生物保全用に指定し直したと、インサイド・クライメート・ニュースとRIMAUは伝えています。

ただし、同じ区域でも密猟の痕跡は毎週のように見つかっています。森の「用途」が変わっても、国境を越えてくる密猟者が引き返すわけではありません。メンラックは現在、アマンジャヤや、9月の事故が起きたコルブなど州内の別の森にも広がり、RIMAUがペラ州で支える巡視員は100人を超えました。ラーマン氏は、いずれジャハイ自身が巡視の運営を引き継ぎ、いつか州立公園そのものをジャハイが運営する日を望んでいると語っています。裏を返せば、いまの運営の主体は、まだ外部の団体だということです。

守る理由と、守れない理由

この物語には、書いておかなければならない影がいくつもあります。

一つは、トラと暮らすことの危険です。RIMAUによれば、獲物の減少でトラが行動範囲を広げた結果、ペラ州では2年間で8頭のトラが人との衝突などで野生から取り除かれました。2021年にトラに襲われて片目を失ったクランタン州のテミアの男性は、トラがいなくなっても残念には思わない、と語ったと報じられています。すべての先住民がトラを敬い、共存を望んでいるわけではありません。危険を負うのは、森の近くで暮らす人々です。

もう一つは、お金の流れです。RIMAUの2025年の収入は約582万リンギに上り、その多くは政府系財団や企業財団の助成金です。メンラックの給与の一部を出すのは、パーム油事業を源流に持つ企業グループの財団で、寄付者の中には大手のパーム油生産企業も名を連ねます。森の伐採とアブラヤシ農園の拡大がトラの生息地を削ってきた一方で、その産業がトラを守る資金の大きな出し手でもある――この構図は、事実として記しておきます。

日本のクマ問題と、条件の違い

日本でも、人と大型の野生動物との軋轢は深刻です。ただ、条件はマレーシアとほとんど正反対です。日本のクマは推定で約5万8,000頭とされ、2025年度には13人が亡くなりました(当サイトのイタリアの記事を参照)。日本が向き合っているのは「多すぎる」ことに伴う問題であり、マレートラは「少なすぎて消えかけている」ことが問題の中心です。保護の手法をそのまま持ち込むことは、どちらの方向にもできません。そして、現に人が亡くなっている土地で、外から対策の是非を裁くこともできません。

それでも、重なる部分はあります。獲物や餌の状態の変化が、大型の動物を人里に近づけること。森に入り、見回り、記録する人がいなければ、何が起きているのかを誰も確かめられないこと。そして、その仕事を地域の誰が担い、どう報いるのかという問いです。

ジャハイの事例で参考になるのは、巡視の技術そのものよりも、決め方のほうかもしれません。受け入れる側が条件を出したこと。報酬が個人だけでなく村全体に戻るようにしたこと。カメラが集めた記録が、森の使い道を決める行政の判断材料になったこと。当サイトで紹介したイタリアの村では、被害に困る農家や狩猟者の代表が住民委員会に入って決め方をつくりました。マレーシアでは、雇用と条件交渉を通じて、森の中に人を置く道を選んでいます。同じ問題に対する解き方が地域ごとに違うこと自体が、ほかの土地にとっての手がかりになると思います。

祈りによせて

トラを守ることは、トラの近くで暮らす人の命を軽んじることではありません。けれども、二つを同時に守る方法を、世界はまだ見つけ切れていません。ベルムの森では、谷を湖に沈められた歴史を持つ人々が、条件を出して、自分たちの森を歩くことを選びました。その選択が、トラにとっても人にとっても報われるものになりますように。そして9月に森で命を落とした人と、その家族の上に、静かな慰めがありますように。

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マレーシアが平和でありますように

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参考・引用元

  • Inside Climate News「The Malayan Tiger Is at a Tipping Point, With Increasing Deaths of Both Native Populations and Big Cats」(2025年5月4日・米国の非営利報道機関):insideclimatenews.org
  • IUCN「Extraordinary action for protected areas recognised by International Ranger Awards」(2023年7月26日):iucn.org
  • RIMAU「Royal Belum」(実施団体の自媒体):rimau.ngo
  • RIMAU「President's Report September 2024 - May 2026」(実施団体の自媒体・監査済み財務情報を含む):rimau.ngo
  • The Edge Malaysia「Safeguarding Perak's natural heritage」(2025年12月1日・現地経済誌、RIMAU代表の講演内容):theedgemalaysia.com
  • Malay Mail「Orang Asli man killed in suspected tiger attack while searching for rotan in Sungai Siput」(2026年9月22日・現地紙):malaymail.com
  • 新華社「Malayan tiger population shows signs of recovery following conservation efforts」(2026年9月30日):english.news.cn

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