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道なき谷を、数分で — ネパールの女性たちが挑む結核との闘い

ネパールの山あいでは、一本の検査を受けるために人が何日も歩く。道はなく、診断装置は遠い町の病院にしかない。その距離を、村の女性たちが、自分たちの手で組み直した一機のドローンで、数日から数十分へと縮めようとしている。

数日歩く道のりを、数分に

ネパールは人口の8割が農村に住み、その半数以上が丘陵・山岳地帯で暮らす。高度な医療施設や検査ラボは都市に集中し、村から病院までは平均で6〜8時間、徒歩での移動になる。雨季には地滑りや洪水が道を断ち、集落はしばしば孤立する。薬は切れ、検体は届かず、診断は遅れる。この「道のなさ」こそが、ネパールの医療最大の壁だった。

なぜ、結核なのか

最初にこの壁へ挑む相手として選ばれたのが、結核だった。理由は重なっている。まず、見つかっていない患者が山奥に多い——ネパールでは毎年およそ4万人が国の登録から抜け落ちると推計され、険しい地形と貧困が、とくに遠隔地で受診を阻んでいる。次に、結核は空気で感染するため、診断の遅れがそのまま感染の連鎖と薬剤耐性を生む。数日を縮めることが、鎖を断つ投資になる。

そして三つめ、診断の仕組みそのものがドローンに向いていた。WHOが薦める分子診断装置は高価で、郡の拠点病院にしか置けない。一方、症状の聞き取りと喀痰の採取は、訓練された村の保健ボランティアが手元でできる。すると、村と病院のあいだを必ず動かさねばならないのは、軽くて小さな検体ひとつだけ。冷蔵で外へ配るワクチンより、検体を内へ運ぶ結核のほうが、ドローンに素直に収まったのだ。

自分たちで作り、直し、飛ばす

西部プユタン郡で、その実証は動き出した。プロジェクトの名はDrOTS。主役は機械ではなく、地域で雇われた女性保健ボランティアたちだ。彼女たちが患者の濃厚接触者を一軒ずつ訪ね、症状を聞き取り、検体を採り、ドローンを呼ぶ。地域保健員のシタ・GCさんは、以前は2〜3日かかった検体の搬送が25分で済むようになったと語る。ある月には、その村だけで30件を超える陽性が見つかった。

成果は数字にも表れた。実証ではこれまでに100回を超える飛行で700以上の検体が運ばれ、のちに150回超・1,000検体超へと広がった。地域の保健センターと検査拠点をつなぐ平均飛行時間は、わずか5.8分。徒歩なら数時間の谷を、機体は1分で1キロ進む。

だが、この物語のいちばんの芯は速さではない。「自分たちで作り、直し、飛ばし、所有する」ことにある。チームは高価な専用機を買うのではなく、市販の産業用ドローンを“ノートパソコン一台分”の費用で貨物用に転用し、現地で修理できるようにした。そして現地企業DroNepalとNepal Flying Labsが、外国人の手を借りずに完全に独立して運用できるよう訓練された。元教師マハビル・プンさんが立ち上げた国立イノベーションセンターも、別に医療用ドローンを試作している。プンさんの願いは明快だ——才能ある若者を海外へ流出させず、ネパールの課題をネパールの技術者の手で解く場をつくること。

いま、その裾野は少しずつ広がっている。首都近郊では「Amma(ネパール語で母)」と名づけられた別の試みが、血液や救急薬を孤立した村へ運ぶ試験飛行を重ねている。

それでも、空に頼り切らない

もっとも、希望に居着く前に見ておくべきことがある。これらはまだ実証であり、恒久のサービスではない。現地の調整役は「実験的に使っている」と率直に語り、保健省の担当者も「まず試験を成功させることが最大の難関だ」と言う。そして技術は、距離は縮めても人の心までは動かさない。同じ保健員が、多くの人が検体提供を拒み、抗生物質の服用指示に従わない人もいる、と打ち明ける。スティグマと治療の継続という古い壁は、空を飛んでも残るのだ。

制度の壁も重い。運用者の最大の障害は航続距離ではなく、五つの省庁と四つの地方政府を含む十二もの機関から許可を取る手続きだという。さらに、現地主導とはいえ資金と研究は外部に支えられ、2025年に「ネパール初のドローン配送」と報じられた見せ場は、隣国インドの企業によるデモだった。決定権と継続性は、本当に現地の手に残るのか。それは、まだ確かめられていない。

祈りによせて

日本人にとって、結核は遠い病に感じられるかもしれない。けれど、それはつい最近のことだ。結核は明治から昭和20年代まで「国民病」「不治の病」と恐れられた、この国最大級の感染症だった。日本がようやく罹患率10を切る「低まん延国」になったのは2021年、欧米に約40年遅れてのことで、いまも年に約1万人が新たに診断されている。

つまりネパールの村の女性たちが挑んでいるのは、私たちが祖父母の世代に、長い時間をかけて闘い、ようやく抑え込んだのと同じ相手だ。これは遠い山国の珍しい技術の話ではない。かつて自分たちが歩いた道を、別のやり方で歩く人々の話だ。希望は、機械そのものにではなく、自分たちで作り・直し・飛ばす力を積み上げていく、その営みに宿る。希望を持ちながら、その希望に居着かない。道なき谷の向こうで、検体を抱えて空を見上げる人々のために、静かに祈りを捧げたい。

ネパールの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。🕊️ ネパールのために祈る — 祈りのワールドツアー

参考・引用元

  • Nepali Times「Nepal tests and treats TB with a flying pharmacy」(2019):nepalitimes.com
  • Nepali Times「Nepal anti-TB drone project awarded」(2020):nepalitimes.com
  • Nepali Times「Drones over Nepal」(2024):nepalitimes.com
  • Dixit et al., BMC Health Services Research「Healthcare providers’ and community stakeholders’ perception of using drones for TB diagnosis in Nepal」(2024):link.springer.com
  • Gurung et al., Trop Med Infect Dis「Comparative Yield of TB during Active Case Finding using GeneXpert or Smear Microscopy in Nepal」(2021):pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  • WeRobotics / Flying Labs「How Locally Led Cargo Drone Deliveries in Nepal Can Improve Health Outcomes」(2024):flyinglabs.org
  • UNDP Nepal「Healthcare on wings(国立イノベーションセンター)」:undp.org
  • 厚生労働省「2021年 結核登録者情報調査年報集計結果」:mhlw.go.jp

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