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海と村のあいだに、生きた壁を — フィジーが選んだ「自然と工学」の海岸防護

2026年6月12日

南太平洋に浮かぶフィジー。青く澄んだ海は、島の人々の暮らしを抱く揺りかごであると同時に、近年は少しずつ村の土地をのみ込む脅威にもなっている。その海と向き合うために、フィジーの沿岸の村々でいま、ある「壁」が静かに広がりつつある。コンクリートで固めた堤防ではない。石とマングローブと草を組み合わせた、いわば「生きた防潮堤」だ。

のみ込まれる海岸線

フィジー周辺の海面は、1992年から2024年にかけて年あたり4〜5ミリのペースで上昇してきた。世界平均の年3.2ミリを大きく上回る速さだ。低地の村では、満潮のたびに道路が水に浸かり、海岸が削られ、先祖の眠る墓地までもが波にさらわれていく。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、太平洋の島々がこの先さらに速い海面上昇に見舞われると予測している。

こうした村にとって、海岸を守る堤防は切実な願いだ。だが分厚いコンクリートの壁を築くには莫大な費用がかかり、しかも完成した壁が必ずしも自然の力に勝てるとは限らない。波は壁の足元を削り、いつしか壁そのものを裏切る。フィジーが選んだのは、力で海をねじ伏せる道ではなく、自然の側に立って海と共存する道だった。

石と、マングローブと、草の壁

その原型は2020年、オバラウ島のヴィロ村で生まれた。フィジー初の「ハイブリッド(生物工学)海岸防護」と呼ばれる試みだ。近くで採れる石を積んで壁の芯をつくり、その海側にマングローブを植え、陸側にはベチバーという根を深く張る草を植える。マングローブは波の力を吸収して土砂をとどめ、ベチバーは壁の背後の地盤を固める。自然と人工を組み合わせたこの壁は、コンクリート堤防の半額ほどで築けるという。

ヴィロ村は、ラウ諸島のヴァトア島やオノイラウ島にルーツを持つ300人余りの末裔が暮らす村だ。完成を迎えたとき、村長のフィリペ・レドゥア氏は「これは自然を基盤とした解決策を体現する、ほかにない壁だ」と語り、長年の海面上昇に苦しんできた村にとっての安堵だと述べた。力で押し返すのではなく、自然の働きに守られて暮らす——その発想が、村に小さな希望を灯した。

衛星とAIが選ぶ、植えるべき土地

この試みはいま、フィジー全土へと広がろうとしている。アジア開発銀行(ADB)の技術支援のもと、ビチレブ島ラ州のナマライ村などがパイロット地に選ばれた。注目すべきは、土地の選び方だ。マングローブはどこにでも根づくわけではなく、適さない場所に植えれば枯れてしまう。そこで欧州宇宙機関が支援するプロジェクトが、Sentinel衛星のデータと機械学習を使って、村ごとのマングローブの分布や健全さを10メートル四方の精度で地図化した。さらに別の解析では、過去13年分の海岸線の変化が深層学習によって読み解かれた。宇宙から地球を見つめる技術が、村の足元に「どこに生きた壁を育てられるか」を教えてくれる。

ナマライ村は、2016年のサイクロン・ウィンストンで36戸のうち30戸が破壊され、海岸のマングローブ林も大きく損なわれた村だ。それでも衛星解析は、2017年から2022年にかけてマングローブの密度と被覆が着実に回復してきたことを映し出した。村ではすでに苗床を設けてマングローブを育て、近隣の村にも苗を分けている。自然は、痛手を負ってもなお、人の手とともに立ち直ろうとしていた。

設計図に、村の声を書き込む

この計画のもうひとつの特徴は、壁の設計に村人自身が加わったことだ。幾度も開かれた住民協議で、人々は海岸侵食や進入路の冠水、集会所まわりの浸水といった日々の困りごとを率直に挙げた。技術者はその声をもとに、波の越流を抑える壁の高さや、雨水を海へ逃がす排水の仕組み、洪水時にも通れるかさ上げ道路を設計していった。

象徴的なのは、マングローブの植栽場所をめぐるやりとりだ。当初の計画地が村のラグビー練習場にかかると分かると、住民の希望を受けて植栽エリアが描き直された。海から村を守る壁は、外から与えられた構造物ではなく、村の暮らしのかたちに沿って整えられていった。専門家のシラ・テッキアート氏ら沿岸科学の知見と、そこで暮らす人々の願いが、一枚の設計図の上で出会ったのだ。

祈りによせて

海と村のあいだに立つ壁は、ただの土木構造物ではない。それは、波に削られながらも踏みとどまろうとする人々の意志であり、自然を敵ではなく味方として迎え入れる知恵のかたちでもある。フィジーの試みは、まだ着工を待つ村も多く、自然を基盤とした壁が万能でないこと、そして適した土地を慎重に選ばなければ育たないことも、計画者たち自身が認めている。それでもなお、石とマングローブと草でできた小さな壁は、海とともに生きていける未来があることを、静かに指し示している。
遠い島で海と向き合う人々の暮らしに、波がやさしくありますように。生きた壁が根づき、村の子どもたちが安心して育つ土地が守られますように。

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参考・引用元

  • Development Asia(ADB)「Empowering Fijian Villages Through Nature-Based Coastal Protection」(2026年4月28日):development.asia
  • PINA「Mangrove restoration at heart of Fiji's Climate adaptation effort」(2026年6月9日):pina.com.fj
  • Office of the Prime Minister Fiji「PM Bainimarama Commissions New Hybrid Seawall for Villagers」(2020年7月15日):pmoffice.gov.fj
  • IUCN「Nature-based Solutions project to boost climate resilience in Fiji」:iucn.org

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