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アイルランド 環境

掘り尽くされた大地に、ツルが還ってきた — アイルランド、泥炭地が「炭素の貯蔵庫」へ戻るまで

2026年6月6日

琥珀色のウイスキーをひと口含むと、ふわりと立ちのぼる燻したような香り。あの「ピート香」の正体は、アイルランドやスコットランドの大地に1万年かけて積もった泥炭(ピート)だ。麦芽を乾かすときに焚かれ、独特の薫香を生む。だがその同じ泥炭の大地が今、まったく別の理由でアイルランドの希望になりつつある。掘り尽くされ、乾き、痩せた湿原が、人の手で再び水を含み、命を取り戻し始めているのだ。

peatland

200年で1700ヘクタールにまで減った大地

アイルランドの国土の約2割を覆う泥炭地(ボグ)は、1万年以上前から枯れた植物が水中で分解されずに積み重なってできた、ヨーロッパでも最古級の生態系だ。15センチほどの泥炭の層には、熱帯林の同じ面積より多くの炭素が蓄えられているとされる。アイルランドの炭素貯蔵の約3分の2が、この湿原に眠っているという見積もりもある。

ところが200年以上にわたり、泥炭は安価な燃料として掘られ続けた。中部地方にかつて約31万ヘクタールあった「活きた」隆起湿原は、今やわずか1700ヘクタールほどにまで減ったと報じられている。排水路が掘られて乾いた泥炭は分解を始め、炭素を蓄える大地から、逆に二酸化炭素を吐き出す排出源へと変わってしまった。乾いた泥炭地は、1ヘクタールあたり年間最大30トンもの二酸化炭素を放つとされる。

掘る会社から、癒す会社へ

この流れに大きく舵を切ったのが、かつて泥炭ブリケットの一大生産者だった国営企業ボード・ナ・モーナ(Bord na Móna)だ。同社は2021年1月に泥炭採掘を完全に終え、再生可能エネルギーと生態系の復元へと事業の軸足を移した。中部地方の80以上のボグ、約33,000ヘクタールを対象に、「泥炭地気候行動スキーム(PCAS)」が動き出した。EUの復興・強靭化ファシリティから最大1億800万ユーロの助成を受け、国立公園野生生物局(NPWS)が規制者として一件ごとに環境影響を審査する。

やることは、意外なほど素朴だ。かつて水位を下げるために掘られた排水路を、泥炭のダムや木材の堰で一つひとつふさいでいく。雨水がたまり、泥炭がゆっくりと再び水を含む。そこへミズゴケ(スファグナム)が戻れば、湿原は再び炭素を「吸い込む」側へと回り始める。2025年秋の時点で、このスキームの下ですでに2万ヘクタール以上が再生されたと報告されている。

400年ぶりに還ってきた「コル」

湿原が水を取り戻したことを、誰よりも雄弁に語ったのは一組の鳥だった。体高1メートルを超える優美な大型の渡り鳥、クロヅル(コモン・クレーン)。アイルランドでは16世紀頃に繁殖する鳥としては姿を消したとされ、その不在は約400年に及んだ。ところが2019年以降、中部地方の——かつて燃料用に泥炭を掘り尽くされた——あるボグに、一組のつがいが舞い戻り、巣を作り始めたのだ。

2019〜2021年の繁殖の試みを経て、2022年についに雛が巣立った。アイルランドで数百年ぶりに生まれたクロヅルの雛である。以降、2023年、2024年と繁殖は続き、2025年には7年連続でこのつがいが同じ場所に戻ってきたことが確認された。2022年からこの鳥を見守ってきたボード・ナ・モーナの生態学者クリス・カレン氏は、「この鳥たちは、PCASによる生息地の改善からさらに恩恵を受けている」と語る。つがいとその子は、再生されたばかりの採掘跡地で餌をとり、身を寄せているという。同社の生態管理責任者マーク・マッコーリー氏も「数世紀ぶりにここで生まれた最初のクロヅルだという点が、とりわけ意義深い」と話している。

クロヅルはアイルランドの文化に深く根を張った鳥でもある。ゲール語の名は「コル(Corr)」。英雄フィン・マックールの伝説や、あの『ケルズの書』にも姿を見せ、キルデアの「カラ(Curragh)」——「ツルの草地」を意味する——をはじめ、各地の地名に名を残している。文化のなかにだけ生き続けていた鳥が、人が湿原を癒したことで、現実の風景へと帰ってきた。営巣地は、鳥を守るため今も非公開のままだ。

それでも、立ち止まって考えるべきこと

この物語は、けれど一点の曇りもない美談ではない。独立した立場の生態学者の中には、ボード・ナ・モーナの広大な所有地をめぐって、生物多様性の保全という理想と、きわめて野心的な再生可能エネルギー開発の計画とが、ときに衝突しかねないと懸念する声もある。泥炭地の炭素クレジット化に対しても、「グリーンウォッシュ」になりはしないかという指摘は消えていない。

さらに、泥炭は長らく人々の暮らしそのものでもあった。家の暖炉をくべる燃料として泥炭を切り出してきた人々にとって、規制は生活への圧迫にもなる。アイルランド政府は2022年に泥炭の商業販売を禁じたが、昔ながらの権利を持つ人々の個人利用は今も認めている。湿原を癒すことと、その大地とともに生きてきた人々の暮らしをどう両立させるか——その問いは、まだ開かれたままだ。

祈りによせて

掘り尽くされ、乾き、見捨てられたように見えた大地。そこに水を戻すという、ただそれだけの地道な営みが、炭素を呼び戻し、ツルを呼び戻し、人々が外で憩える場所を呼び戻している。ウイスキーに香りを与えた泥炭を、今度は守り、再び湿らせようとする動きが、ウイスキーの造り手たちの間にも広がり始めた。大地を「使う」だけの存在から、「ともに在る」存在へ。アイルランドの湿原は、そんな静かな転換が確かに可能だと教えてくれる。掘られた跡地にツルが舞い降りる風景に、私たちは未来へのささやかな希望を見る。

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参考・引用元

  • RTÉ「Rare cranes return to Offaly bog for seventh year」(2025年6月3日):rte.ie
  • The Irish Times「How nature took the lead in the return of the crane to Ireland」(2025年5月15日):irishtimes.com
  • European Commission「Enhanced Rehabilitation of Peatlands」:commission.europa.eu
  • Catchments.ie「EPA Conference Series: Peatland Restoration and Water Quality」(2025年10月28日):catchments.ie
  • The Irish Times「Return of breeding cranes a small win in climate change war」(2021年8月7日):irishtimes.com
  • Grist「Battle of the bogs」(2024年7月8日):grist.org

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