南太平洋に散らばるクック諸島には、「ラウイ(ra'ui)」と呼ばれる古い知恵がある。海や陸のある区域を定め、そこでの漁や採取を一定期間とめる——いわば、自然に「触れない時間」を贈るしくみだ。禁じられた区域はタプ(神聖で侵してはならないもの)となり、魚やサンゴが静かに息を吹き返すのを、人々はじっと待つ。獲ることより、待つこと。その引き算の発想が、今あらためて島々の海をよみがえらせている。
守ってから、いただく
ラウイは、ポリネシアに古くから伝わる資源管理のかたちだ。クック諸島では、最高位の首長や伝統的な指導者たちが、土地と海の定められた区域を治める世襲の権利を受け継いできた。その役目は、人々の暮らしと、自分たちが故郷と呼ぶ場所の健やかさを守ること。ある区域にラウイがかけられると、その場所は一度「神々のもとへ返される」と考えられる。時を与え、自然が豊かさを取り戻したころ、ふたたび人の手に戻ってくる。ハウス・オブ・アリキ(首長会)のある代表は、その心を「守ってから、いただく。たった二語だが、深い意味がある。守らなければ、いただくものは何もない」と語った。
100倍の魚が、かえってきた
その効き目は、ラロトンガ島のアロア・ラグーンがよく物語っている。乱獲で海の生きものがすっかり減っていたこの入り江に、2000年、永続的な禁漁のラウイがかけられた。すると魚はみるみる増え、設定から1年で数が倍に。ラグーンに面するリゾートの共同経営者で、熱心なシュノーケラーでもあるその人は、20年近くを経たいま、魚の数はおよそ100倍になり、毎年のように新しい魚種が姿を見せると話す。世界中でサンゴが後退するなか、ここではサンゴまでもが再生しているという。
興味深いのは、漁をする人々の変化だ。当初ラウイに賛成でなかった漁師たちの多くが、やがて最も強い支持者になった。守られた区域で魚が繁殖し、漁の許される周りの海へと移っていく。結果として、自分たちの漁獲の機会もふえる——禁じることが、めぐりめぐって恵みを返してくれると、身をもって知ったからだ。
崩れた時代を、越えて
もっとも、ラウイの歩みは順風満帆だったわけではない。植民地時代の制度と価値観のなかで、ラロトンガではこの慣行が半世紀前に一度すたれた。1998年に首長たちが正式に復活させ、2000年代初頭には島内のラウイが12か所まで増えたものの、その後の多くは崩れてしまった。現金収入を求める圧力、指導者の世代交代、教育の中断。違反しても何のとがめもないと、人々は制度への信頼を失っていく。2015年には、ある区域で長年島の人々に愛されてきた人懐こいウツボが若者たちに突かれて死に、多くの人が心を痛めた。けれど法律上、海は誰のものでもなく、止める手立てがなかった。
なぜアロア・ラグーンだけが20年を生き延びたのか。鍵は、時間をかけた合意形成にあった。幅広い住民の納得を得て、地主が積極的に管理し、地元の学校が深く関わる。「教育こそ、地域に根ざした海の保護区が長く続くための鍵」と、くだんの経営者は言う。一度だけラウイを丸一日開いたとき、島中から人が殺到してサンゴを踏み荒らし、回復に数年を要したという苦い経験も、その確信を裏打ちしている。
ふたたび、島に戻る知恵
そして今、ラウイは新しいかたちで島々に戻りつつある。2025年の初め、アイツタキ島では美しいラグーンを守るため、伝統的なラウイが改めて設けられた。島の評議会は標識やSNS、新聞やラジオで丁寧に意義を伝え、違反には罰金や漁具の没収もありうると定める。さらに工夫を凝らし、ラグーンの一区画を回復させたら次の区画へ——と数年ごとに保護区を移しながら、海全体を少しずつ甦らせていく計画だ。最も恩恵を受ける観光業者にも区画の世話やヒトデの駆除を託し、海を守る輪を広げようとしている。古い知恵は、ただ懐かしむものではなく、今を生きる人々の手で更新されている。
祈りによせて
「守ってから、いただく」。クック諸島の人々が受け継いできたこの短い言葉には、自然と人との関わり方の、ひとつの答えが宿っている。獲りつくすのではなく、しばし手を引いて待つ。崩れることもあれば、また立ち直ることもある。その繰り返しのなかで、人は海とともに在り続けてきた。ラウイは、豊かさとは奪うことではなく、ゆずり合い、めぐらせることなのだと、静かに教えてくれる。
海の恵みを分かち合う人々の上に、穏やかな潮の流れがありますように。よみがえる魚とサンゴが、次の世代の食卓と笑顔を支え続けますように。
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参考・引用元
- Mongabay「Give it back to the gods: Reviving Māori tradition to protect marine life」(2019年9月):news.mongabay.com
- Cook Islands News「Stiff fines for Aitutaki ra'ui violators as tour operators join effort」(2025年5月30日):cookislandsnews.com
- Cook Islands News「Aitutaki community re-establishes traditional ra'ui to protect marine」(2025年1月):cookislandsnews.com
- SPC Coastal Fisheries(CBFM)「Cook Islands」:cbfm.spc.int