フランス北東部、アルデンヌ地方のヴジエール。塹壕をかたどった小径を歩くと、両側に白樺が立ち並んでいる。数えると282本。それは、この地で命を落としたチェコスロバキア兵の数と同じだ。白い幹が霧のように視界を埋めるのは、毒ガスと霧に目を奪われた兵士たちが見ていたであろう景色を、訪れる人の身体に思い出させるためだという。
1000キロメートルの前線に、庭を植える
2017年、第一次世界大戦の終結から100年を迎えるにあたって、フランス北部の団体「アール・エ・ジャルダン(芸術と庭)」は、ひとつの問いを立てた。ヨーロッパは、この戦争をどう記憶するべきなのか。慰霊碑も墓地も、すでに大地の上にある。それらに何を加えられるのか。
出した答えが「平和の庭(Jardins de la Paix)」だった。ベルギーからフランス北部、東部へと延びる1000キロメートルの旧西部戦線に沿って、庭を作る。2018年から現在までに30の庭が開かれ、2027年までに40近くになる予定だ。13の庭は、ユネスコ世界遺産の敷地の中にある。
この構想の核心は、庭の設計者を誰にするかにあった。かつてこの戦線で戦った24の国。そのそれぞれに対応する庭が作られ、それぞれの国の造園家が、自国の庭を設計する。ドイツも、フランスも、イギリスも、インドも、モロッコも、ニュージーランドも。かつて銃を向け合った国々が、隣り合って庭を持つ。70人の造園家と建築家が関わり、60の公的・民間パートナーが支えている。
アラスには、スコットランドの庭がある。第一次大戦で戦死した500人のバグパイプ奏者に捧げられたものだ。彼らは武器を持たず、大隊の最前線に立ち、楽器を鳴らしながら進んだ。ヴィミーには、カナダの庭がある。白い花が風に揺れる草原は、フランスで死んだ11,285人のカナダ兵を悼んでいる。「平和の庭とは、戦闘の暴力に釣り合うだけの静けさを、もたらす場所です」。団体の代表を務めるジルベール・フィリンジェさんは、そう語っている。
この庭を、誰が手入れしているのか
この事業には、あまり語られてこなかったもうひとつの顔がある。庭を維持しているのが、誰なのかということだ。
ティエプヴァルやペロンヌの庭を含む複数の場所で、日々の手入れを担っているのは「社会復帰支援作業所」で働く15人ほどの人々である。多くは長期にわたって失業していた人や、仕事に就く機会を得られずにいた若い人たちだ。ここで庭師の技能を学び、専門の相談員による伴走支援を受けながら、最長2年の契約で働く。この場所は、留まる場所ではなく、通過していくための場所として設計されている。契約を終えた人が就職や職業訓練へ進んだ割合は、2年前は73%、昨年は58%だった。
戦争によって人生を断ち切られた人々を悼む庭が、社会から一度切り離されていた人々の手で守られている。この重なりは、誰かが意図して作った物語ではない。ただ、庭を維持するには人手がいり、その人手をどこから得るかを考えた結果として、そうなった。
値段のつかないものを、どう支えるか
ただ、この仕組みは楽観できるものではない。庭はすべて無料で開放されており、収益を生まない。庭の手入れという労働も、市場で値段のつく成果を生まない。だから、その労働への対価は、公的な補助と民間からの寄付で賄うほかない。フィリンジェさんは率直に語る。県と県議会の揺るぎない支援があってもなお、社会復帰支援作業所の運営費は年間およそ5万ユーロ足りていない、と。
就職に至った人の割合が73%から58%へ落ちたのも、庭の側の失敗ではない。経済が悪化すれば、受け入れる側の労働市場が縮む。景気の変動は、最も足場の弱い人から順に押し出していく。そして庭そのものも、手入れをやめれば数年で草木に覆われ、追悼の意味は見えなくなる。ある記事はこう書いている。詩情の裏には、持続の問題がある。予算が途切れれば、自然はあまりに早く土地を取り返してしまう、と。
祈りによせて
平和は、置いておけば残るものではないらしい。庭がそれを、身も蓋もない形で教えてくる。水をやり、草を刈り、枯れた枝を落とす。誰かがそれを続けなければ、庭は消える。値段のつかないものを守るということは、値段のつかない労働を、誰かが担い続けるということだ。
282本の白樺の下を歩く人は、その手入れをした人の名前を知らない。知る必要もない。ただ、かつて敵だった国々の庭が隣り合って並び、そのすべてを、行き場を探していた人々の手が支えている。この静かな循環が、100年前の前線跡で続いている。
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参考・引用元
- European Heritage Awards「Gardens of Peace Project」(2026年欧州遺産賞受賞):europeanheritageawards.eu
- Art & Jardins | Hauts-de-France 公式サイト:artetjardins-hdf.com
- Admical「Portrait d'adhérent : Art & Jardins」(フィリンジェ氏インタビュー、2026年3月):admical.org
- Euronews「All winners: European Heritage Awards celebrate conservation and reconversion projects」(2026年4月):euronews.com
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