現在の祈りの総数は

カザフスタン ヒューマンストーリー

飢饉が奪った音を、若者が取り戻す — カザフスタン、HasSaKと草原の記憶

カザフの草原には、言葉を持たない音楽がある。ドンブラという二弦の楽器が奏でる「キュイ」だ。物語も、嘆きも、英雄の記憶も、弦の震えだけで伝える。その調べを、いま若い世代が、いったん断ち切られた歴史の向こうから手繰り寄せている。担い手の一つが、エスノフォークのアンサンブル、HasSaK(ハッサク)だ。

dombra

一世代が、まるごと消えた

HasSaKの音楽を理解するには、まずカザフが何を失ったかを知る必要がある。1930〜33年、ソ連の集団化が引き起こした人為的な飢饉「アシャルシュリク」で、約150万人——カザフ人口のおよそ3分の1——が亡くなった。人とともに、キュイを作り奏でるキュイシ、歌うアンシといった伝統音楽の担い手が、一世代まるごと失われた。

空いた場所には、外から別の形が入ってきた。1930年代、カザフの民族楽器はヨーロッパの楽器に音を近づけるよう「改良」され、ドンブラにバス・プリマ・テノールが作られた。屋外で奏でるのが本来だった音楽が、オペラハウスの様式へと合わせられていく。地元の担い手が減ったぶん、モスクワから来た者が交響曲を書くのはたやすかった。奪われたのは、命だけではない。自分たちの音で、自分たちの物語を語る術そのものだった。

忘れられた調べを、若者の耳へ

HasSaKは2010年、カザフスタンの功労芸術家マイラ・イリヤソワさんが、クルマンガズィ・カザフ国立音楽院の俊英たちを集めて結成した。メンバーはドンブラ、シェルテル、弓奏の弦楽器コブズ、喉から響かせる喉歌(のどうた)を操り、一人で30もの楽器を扱う者もいる。バンド名は古い形の「カザフ」に由来し、「本来のサカ=遊牧の民」という意味と、「さすらう者たち」という響きを重ねている。

掲げるのは、「忘れられた」カザフ伝統音楽を蘇らせ、とりわけ国内の若者へ届けること。19世紀の偉大なキュイシ、クルマンガズィや、20世紀の作曲家ヌルギサ・トレンディエフの名曲を、自分たちの新しい曲とともに、電子音や交響楽と編み合わせる。きらびやかな衣装と照明のステージ、YouTubeの洗練された映像——伝統を「古い記憶」ではなく「いま・本物・かっこいい」ものとして差し出すことで、若い世代がドンブラやコブズに手を伸ばす。Instagramでバンドが掲げる言葉は、「あなたの中のHasSaKの魂を呼び覚ませ」。2025年6月にもアスタナ・オペラのバレエと共演し、古い楽器の生演奏で舞台に深みを添えた。

この動きはHasSaKだけのものではない。電気ドンブラ、電気コブズ、電気ゼティゲンが生まれ、伝統楽器のリフがヒップホップやロックに溶け込む。2018年からは7月第1日曜が「国民ドンブラの日」となり、アスタナなどで数千人が一斉に弦をかき鳴らす。SNSで広がる「ドンブラ・パーティ」の輪もある。ソ連の崩壊から30年あまり、そしてとりわけ近年、若い世代は祖父母が手放しかけた調べを、自分たちの手に取り戻そうとしている。

取り戻しの、その先にあるもの

もっとも、この再生には影もある。文化の誇りは、ときに排他へと硬くなりうる。ロシア語を話す人々や少数派が「本物のカザフでない」とされる空気が広がり、言語をめぐって実際の係争も起きている。多民族の社会で「私たちのもの」を取り戻すことは、誰かを締め出すことと紙一重だ。

担い手のあり方にも複雑さがある。HasSaKは万博や国立オペラの舞台、外国での「カザフ文化の日」にも立つ、洗練された文化大使でもある。草の根の喜びと、国家のソフトパワーや国民形成とが、同じ舞台の上に同居している。古い英雄譚や戦の調べを多く扱うぶん、勇壮で男性的な像に寄りやすい面も指摘される——とはいえ、創設者も女性であり、ゼティゲンを奏でる女性メンバーもいて、遊牧の音楽はもともと女性も担い手だった。光だけでも影だけでもなく、その両方を抱えた再生が、いま進んでいる。

祈りによせて

人が音楽を取り戻すとき、取り戻しているのは音だけではない。自分たちが何者で、どんな物語を、どんな声で語るのか——その決定権だ。飢饉が担い手を奪い、帝国が形を作り替えた草原で、若者がドンブラの弦に指をかける。それは「昔へ帰る」ことではなく、奪われかけたものを、いまの自分たちのやり方で結び直すことだ。希望を持ちながら、その希望に居着かない。誇りが排他に変わらぬよう願いながら、消えかけた調べをふたたび鳴らす人々のために、静かに祈りを捧げたい。

カザフスタンの人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。🕊️ カザフスタンのために祈る — 祈りのワールドツアー

参考・引用元

  • The Astana Times「HasSak Band, Astana Opera Dazzle in Nomad Inspiration Gala」(2025):astanatimes.com
  • Qalam「To demonstrate that a culture is flourishing, you must sing in your native tongue」(2025):qalam.global
  • The Times of Central Asia「Kazakh Musicians Turn to Old Instruments to Make New Music」(2024):timesca.com
  • Novastan「The Lexicon of Kazakh Decolonisation」(2025):novastan.org
  • Global Voices「The invasion of Ukraine accelerates Kazakhstan’s turn toward linguistic sovereignty」(2025):globalvoices.org
  • PopKult / SRAS「5 Bands Bringing Traditional Kazakh Style to Modern Rock」(2023):popkult.org
  • The Astana Times「How Kazakhstan’s Youth Are Blending Tradition with Modernity」(2025):astanatimes.com

関連ページ

-カザフスタン, ヒューマンストーリー
-, , , ,