現在の祈りの総数は

ヒューマンストーリー 日本

「隠さなくていい」と言える場所 ― 認知症の当事者がつくった相談窓口「おれんじドア」

「認知症かもしれない」――最初にそう気づくのは、たいてい本人自身だといいます。けれど多くの人は、その予感を打ち消し、認めまいとして相談を先延ばしにしてしまう。やがて症状が進み、自分のことを自分で決められたはずの大切な時間を、逃してしまう。こう語るのは、自らも認知症とともに生きる、仙台の丹野智文(たんの・ともふみ)さんです。「隠す」のではなく「つながる」ことが心を守るのだと、当事者の立場から伝え続けています。

commnunication with older people
Image by BM10777 from Pixabay

診断のあとに訪れる、「こころの空白」

丹野さんは、ネッツトヨタ仙台のトップセールスマンとして働いていた2013年、39歳のときに若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。「アルツハイマー=終わり」だと感じ、不安に押しつぶされそうな日々だったといいます。診断後は営業職から事務職へ移り、いまも同じ会社で働き続けていますが、その出発点には深い絶望がありました。

認知症と診断されると、多くの人が自信を失い、人目を避けて関わりを断ってしまいます。丹野さんは、自分の中にも認知症への偏見があったと率直に振り返ります。本人が引け目から殻に閉じこもれば、孤立が深まり、できることまで少しずつ失われていく――診断の後に訪れるこの「こころの空白」こそ、長く見過ごされてきた問題でした。

富山での、ひとつの出会い

転機は、診断から1年ほど経った頃に訪れます。丹野さんは富山まで4時間かけて、ある認知症の当事者に会いに行きました。とても元気で優しいその人は、診断後の1年半を家に閉じこもって過ごした末に、いまは人の手助けに積極的に動いている――そう聞いて、丹野さんは胸を打たれます。自分のほうが若いのに、何をしているのだろう。「自分にも、まだ何かできるのではないか」。そう思えた瞬間でした。その場で10分間、泣きながら自分のことを話したことが、今につながったといいます。「富山に行かなければ、今の自分はいない」と、丹野さんは振り返ります。

当事者が、当事者を迎える「おれんじドア」

2015年、丹野さんは当事者のための総合相談窓口「おれんじドア」を開きました。診断されたばかりで不安に沈む人を、すでに認知症とともに暮らす当事者が迎える。同じ立場だからこそ届く言葉があり、「自分だけではない」と思えることが、最初の一歩を後押しします。会場には本人が一人で訪れ、皆、道に迷い、時間に遅れます。けれど、それを責めずに「次はどうすればいいか」を一緒に考え、楽しく分かち合う。当事者同士が支え合うこの「ピアサポート」は、いまでは全国へと広がっています。

「困っていませんか」だけでは、届かない

丹野さんが繰り返し語るのは、主体性の大切さです。本当の自立とは何か。それは「自分で決めること」、そして「できないことは、できないと周りに言えること」だといいます。だから周囲には、こうも訴えます。「できることを奪わないで、待ってほしい」。次はできるかもしれないと信じてほしい。失敗しても大丈夫だと思える環境があってこそ、人は自信を取り戻せる――。

ここには、善意のすれ違いへの静かな問いかけもあります。支援する側はつい「困っていることはありませんか」と尋ねますが、それだけでは本人の本当の希望は聞こえてこない。よかれと思った手助けが、本人には「お仕着せ」に感じられることもあるのです。必要なのは、できないことを先回りして奪うことではなく、本人が決める余地を残し、隣で見守ることなのだと、丹野さんの歩みは教えてくれます。

もっとも、丹野さんは元トップセールスで発信力にも恵まれ、誰もが同じように動けるわけではありません。明るく活動する姿に、「本当に認知症なのか」と疑問を向けられることさえあるといいます。進行への不安を抱えながら、それでも歩みを止めない。「社会を変えようとは思っていない。目の前の人が笑顔になればいい」――気負いのない、けれど芯の強いその言葉に、活動の原点があります。

丹野さんの歩みは、広く知られるようになりました。2023年には実話をもとにした映画「オレンジ・ランプ」が公開され、2025年6月には新著『認知症の私が、今を楽しく生きる理由』が刊行。2026年1月にはNHKで、英国を旅する姿を追った「丹野智文51歳 英国への旅」が放送されました。診断から12年。進行を自覚しながらも、いまは「認知症になったからこそできる仕事」がある、と本人の言葉で伝え続けています。

祈りによせて

認知症になっても、隠さなくていい。引け目から関わりを断つのではなく、つながりのなかで自分らしくいられる――そう思える社会は、認知症のあるなしにかかわらず、誰にとってもやさしい社会のはずです。

誰かを「支えられるだけの人」と決めつけず、その人が決め、その人が動く余地を、そっと残しておくこと。丹野さんとおれんじドアが教えてくれるのは、人の尊厳は最後まで失われないという、静かで確かな希望です。その希望が、隣にいる誰かのこころを守る灯になりますように。

日本の人々のために祈りを捧げる方は、こちらのページへどうぞ。🕊️ 日本のために祈る ― 祈りのワールドツアー

参考・引用元

  • おおいた認知症情報サイトおれんじ「丹野智文氏講演会『認知症とともに生きる』」(富山でのエピソード):orange-oita.jp
  • おおいた認知症情報サイトおれんじ「丹野智文氏講演会『認知症の私から見える社会』」:orange-oita.jp
  • マイナビニュース「39歳で『若年性認知症』診断から12年‐今も働く丹野智文さんが続けてきた“生活の工夫”」(2025年):news.mynavi.jp
  • 中央法規出版『認知症の私が、今を楽しく生きる理由』書籍・NHK番組紹介(2025〜2026年):chuohoki.co.jp
  • しぶや認知症ナビ「認知症かも…と思っているあなたへ(丹野智文さんメッセージ)」:shibuya-ninchisho.tokyo

関連ページ

  • 多文化が隣り合って暮らす知恵 ― 日本「オトナリさん」の多文化共生:記事を読む
  • 子どもたちが運ぶ、和解と希望 ― ルワンダの平和図書館:記事を読む

-ヒューマンストーリー, 日本
-, , , ,