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キルギスタン ヒューマンストーリー

「私もタジク人。だから、できることがある」― キルギス・ストゥンブラ村、ひとりの女性が紡ぐ多民族の絆

https://www.undp.org/kyrgyzstan/press-releases/number-women-kyrgyz-local-councils-increasing

キルギス南西部のバトケン州。中央アジアの肥沃なフェルガナ盆地に位置するこの地域は、歴史的にキルギス・タジク・ウズベクなど複数の民族が混じり合って暮らしてきた多民族地帯です。ソ連時代に引かれた国境線は、しばしば民族の居住地を縦に切るかたちで定められ、家族や親戚が国境をまたいで暮らす光景も日常でした。村と村のあいだに走る道は同時に水と耕地を分け合う線でもあり、その分配をめぐる小さな緊張は、長い年月のあいだ静かに積み重なってきました。

中央アジア、キルギスとタジキスタンの国境に近い小さな村があります。その村にはキルギス系、タジク系、ウズベク系の家々が並び、住民たちは長く隣同士として暮らしてきました。けれども2022年9月、国境で起きた武力衝突が、村の信頼関係を大きく揺さぶります。その揺らぎのなかから、一人の女性が静かに立ち上がりました。元幼稚園職員、タジク系の住民、フェイルザ氏。武力ではなく、対話と日々の協働で村を結び直そうとする彼女の物語は、世界の片隅で進む小さな平和構築の現場を映し出しています。

多民族のフェルガナ盆地、揺らいだ日常

2022年9月、その緊張がついに大きな衝突となります。キルギスとタジキスタンの国境地帯で武力衝突が発生し、両国を含む地域全体が大きく揺れました。ストゥンブラ村も例外ではありません。隣の家とお茶を分け合ってきた人々のあいだに、説明しがたい距離が生まれました。「誰の側か」を問われる空気のなかで、何より重荷を背負ったのは、家族と地域社会を支えてきた女性たちでした。経済的な選択肢の少なさ、公の場での発言を控える文化的規範、伝統的なジェンダー役割。こうした制約のなかで、女性たちは黙々と、断たれかけた糸を結び直そうとし続けていたのです。

クォータ制度が拓いた、女性たちの議席

フェイルザ氏が地方議会に名を連ねるようになった背景には、キルギス全体の制度改革がありました。2018年時点で、地方議会における女性議員の割合は全国平均で10.8%。歴史的な低水準にまで落ち込んでいたのです。この状況を変えるため、2019年8月、キルギス議会は地方議会選挙法を改正し、各議会の議席のうち30%を女性に確保するクォータ制度を新たに導入しました。

この法改正後、初めて行われた2021年4月の地方議会選挙では、全国448の自治体で一斉に投票が実施されました。結果は劇的でした。女性議員の割合が、それまでの11%から38%へと一気に跳ね上がります。ストゥンブラ村でも、コミュニティから背中を押されたフェイルザ氏が、議員のひとりとして選ばれました。タジク系の女性、元幼稚園職員。表舞台に立つことを想定したキャリアではありませんでした。

そして、議員になった翌年の2022年9月、あの武力衝突が起こります。新人議員として活動を始めたばかりのフェイルザ氏は、突如、揺らぐ多民族コミュニティの真ん中に立つことになったのです。

「最初は、自分が何をすればいいのか分からなかった」

「最初に地方議員になったとき、この任務の意味が、自分には十分に分かっていなかった」と、フェイルザ氏は当時を振り返ります。クォータ制度が議席を確保し、村人の期待が議員という肩書きを与えてくれた。けれども、目の前にあるのは武力衝突で傷ついた多民族のコミュニティ。何から手を付ければよいのか、答えは用意されていませんでした。

方向性が見え始めたのは、2023年以降のことです。国連事務総長の平和構築基金(PBF)が出資し、UN WomenとFAO(国連食糧農業機関)、それに元キルギス大統領ロザ・オトゥンバエヴァ氏が立ち上げた財団などが共同で実施する「Blossoming Aigul(咲き誇るアイグル)」というプロジェクトが、バトケンの女性議員や活動家に向けて始まりました。アイグルはキルギス語で花の名前。武力衝突を経験した地域の女性たちに、ジェンダー平等、デザイン思考、気候レジリエンス(気候変動への適応力)の研修を提供するという内容です。

フェイルザ氏はこの研修に通い、少しずつ視野を広げていきます。「セミナーに参加し、学び続けるなかで、ようやく大きな絵が見えるようになってきました」。制度が議席を作り、衝突が課題を突きつけ、研修が道具と仲間を与える。三つが重なったときに、彼女のなかで議員としての役割の輪郭が、ようやく像を結びました。

水耕栽培が結び直した、家族と隣人の関係

研修を経たフェイルザ氏は、村のなかで小さなセミナーを自分で開き始めます。誰もが抱える共通の悩みを、立場の違いを越えて話し合う場です。バトケン州の村々では、家畜飼育が家計の大きな柱になっていましたが、自然の牧草地は年々狭まり、多くの家族が苦しい状況に置かれていました。土地と水という限られた資源をめぐる課題は、ときに民族間の緊張にもつながっていきます。

フェイルザ氏が辿り着いた現実的な解決策のひとつが、水耕栽培(ハイドロポニクス)でした。土地を必要とせず、限られた水で野菜や飼料作物を育てられるこの技術は、土地不足に苦しむ多民族の家庭に、新しい選択肢を差し出しました。家のなかでも、共同の小さな空間でも作れる。だからこそ、誰かのものではなく「みんなの取り組み」として広げやすい技術です。

「経済的な協働は、暮らしを強くするだけでなく、家族のなかの関係や、家と家のあいだの関係も強くしてくれます」とフェイルザ氏は語ります。一緒に野菜を育て、収穫を分かち合い、市場に出すための知恵を交換する。そんな小さな共同作業の積み重ねが、武力衝突によって傷つけられた信頼を、もう一度ゆっくりと縫い合わせていきました。「私自身もタジク人です。だからこそ、自分自身が能動的に関わり、開かれた姿勢で動くことで、まわりに範を示せると思っています」。

議席38%、そして広がる輪

ストゥンブラ村の変化は、数字にも表れ始めています。2023年2月時点で、ストゥンブラの地方議会における女性議員の割合は28.5%。そして2024年には38%へと、約10%上昇しました。バトケン州内の7つの自治体(アイル・オクモトゥと呼ばれる村レベルの行政単位)で、プロジェクトに参加した女性活動家のうち合計44人が議員に選出され、計62件の気候スマート(気候配慮型)の取り組みを立ち上げています。歴史的に男性が多数を占めてきた意思決定の場に、女性の声が確かに届くようになってきました。

「クォータ制度は、議席という入り口を用意してくれただけでした」とプロジェクト関係者は語ります。「そこから先に何をするか、どう議員として地域に貢献するかは、研修と現場の積み重ねが教えてくれる」。法律と現場の動きが噛み合うことで、それまで「目に見えない」存在だった女性たちの活動が、政策のテーブルにも届くようになってきたのです。

もちろん、課題が解消されたわけではありません。国境問題そのものは、二国の政府レベルで議論が続いています。早期婚、ジェンダー規範、経済格差といった構造的な制約も、まだ村のなかに残っています。それでも、フェイルザ氏のように一人ひとりが小さな一歩を踏み出し、その輪が広がっていく現実は、たしかな希望のかたちです。

祈りは、村のテーブルとともに

世界の平和を願うとき、私たちはつい大きな出来事、首脳同士の握手、国際会議の声明に目を向けがちです。けれども、武力衝突で揺らいだ村の信頼関係をもう一度ゆっくり結び直していくのは、結局のところ、隣人同士のごく小さな対話と、共に汗を流す日々の協働なのかもしれません。誰がどの民族に生まれたかではなく、隣に座って同じ問題を語り合えること。そのテーブルを誰かがコツコツと用意していること。

フェイルザ氏のような女性たちが、中央アジアの国境の村々で、毎日のように水耕栽培の苗を点検し、隣人と笑い合い、議会で発言を続けています。その営みは、軍事や外交の声明とは無縁の、けれども暮らしの根っこをまっすぐ支える力です。多様な民族が、争いではなく食卓を囲んで隣り合える世界へ。その遠い大きな祈りのかたちは、案外、こうした名もない村の小さな水耕栽培の棚から始まっているのかもしれません。

キルギスの国境の村で、今日も誰かが、誰かの隣でしゃがみ込み、苗の様子を確かめています。その静かな営みに、遠くから祈りを重ねたいと思います。

参考・引用

関連リンク:キルギスの平和を祈りましょう

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